戦士の暇つぶし
街に着くまでの間にアバデアから事情を聞いたズブロクは、相変わらず顔を皺だらけにして低い声でうなった。「じゃから他国との交渉なんぞ……」と呟く声には明らかに怒りがこもっており、その後も「愚か者が」とか「そっ首ぶった切ってくれる」とか物騒な言葉を繰り返している。
それでもいわば身内であるドワーフと小人たちを送ってきたハルカたちにその怒りをぶつけることがないのは、流石に人の上に立つものである。
街の近くまでやってくると、ふとズブロクはナギを見上げてハルカに尋ねる。
「こいつ何を食うんじゃ」
「割と何でも食べますよ。許可がもらえれば自分で食事をとりに行きますが」
「こんなでかぶつに許可を出せるわけなかろう。おい! こいつに適当に肉でも出してやれ!」
ズブロクが大きな声で命令すると、ドワーフたちから威勢の良い返事が戻ってくる。それぞれ皆ナギを警戒しているようだが、腰が引けた姿を見せる者がほとんどいないのは、彼らがズブロク直属の精鋭だからである。
ズブロクは他にもいくつか命令を出したのか、ドワーフの兵士たちがそれぞれ街の各所へと散っていく。
やることを終えたズブロクは、ハルカたちの下へ戻ってくるとどっかりと地面に胡坐をかいた。
「色々と事情があるようじゃから、話はせねばならんじゃろうな。どれ、その辺に適当に座れ」
合わせてハルカたちも地面に座り込む。
街の中に用があるわけではなく、事情を伝えることが主な目的なので、すぐに中へ入れなくたって一向に問題はない。
「とにかく今回の件は大事じゃ。儂一人で王国に犯人探しに乗り込んでぶっ殺すってわけにもいかん。ただ、黙って見ているわけにもいかぬ。他の十頭共にも話を共有するために今使者を送った。仕切りたがりのあほ共が、そのうちああしろこうしろと言ってくるじゃろう。それまでしばし待機じゃ」
物騒なことを言う。
このズブロク、根が悪い人物ではないのだが、どうしても直情的で攻撃的な部分が目立つから、方針の全てを任せると戦争になりかねない。
きっとこの頑固者が仕切りたがりのあほ共と呼ぶ他の十頭が、国の方針をうまく調整してくれているのだろう。
「しかしまぁ、お主らは災難じゃったな。早く〈マグナム=オプス〉に無事な姿を見せてやりたかろうに、よう我慢したもんじゃ」
「流石にこのまま知らんふりをするわけにはいかんと思ったんじゃ。信用できない相手との貿易を続けさせて、また同胞がひどい目にあっては寝覚めが悪い」
アバデアが渋い顔をして答えると、ズブロクはふんっと鼻を鳴らしてその背中を平手でたたいた。良い音がして、すっかり体格が戻っているはずのアバデアの体が跳ねる。
「よう言った。それでこそドワーフの船乗りだ」
「いてぇ……」
堂々と文句が言えないアバデアを哀れに思ったのか、コリアが背中をさすってやっている。内心、自分がズブロクの隣に座らなくてよかったとほっとしながら。
改めて状況を整理していたズブロクだったが、話せば話すほど、今できることは他の十頭からの連絡を待つことだけだとはっきりしてきてしまう。
話が途切れたところでズブロクは呟いた。
「しかしまぁ」
戦斧を手に持って、広い刃を指ではじきながらにやぁっと笑う。
「こうなると暇じゃなぁ、そう思わんか、クソガキども」
そうして見たのは、さっきから退屈そうにしているアルベルトとレジーナの姿であった。
ズブロクは武人だ。
政治家としては三流だし、十頭の会議でも他の仕切りたがり共が提唱した意見に文句を言うのが仕事である。
つまり頭を回すのは仕事ではないのだ。
そうなると待機する間にやることといえば決まっている。
「だよなぁ!」
「察しのいいガキは嫌いじゃあないぞ」
「話の分かる爺じゃんか!」
アルベルトが腕まくりをして立ち上がれば、ズブロクも斧を肩に担いで立ち上がる。
「いっちょ揉んでやる。ほれ、場所を空けろ」
ズブロクは今まで見せてこなかった笑顔でハルカたちを追い払って、手合わせのための場を作る。
乗り遅れたレジーナが舌打ちをするとズブロクは声を出して笑った。
「他のも後で相手をしてやる、待っとれ」
格上と戦う時にアルベルトが最初にやることは決まっている。
全力で仕掛けに行く。
見ない、待たない、先に仕掛ける。
受けに回っては格上に勝てる戦闘スタイルでないことがよくわかっていた。
ズブロクは肩に戦斧を担ぎ、小さく張り詰めた体をさらに低くしたかと思うと、まだ十分に距離がある段階で、体をひねりぐるりと回転し始める。
一歩出れば半回転、二歩出れば一回転。
着実に勢いをつけて、力の乗った一撃の準備をする。
これは力比べだ、と気づいたアルベルトは魔素を全身と剣に巡らせる。
そうして上から下への最も力の入る一撃を繰り出すべく、剣を上段に構えた。
「わっは、わは、はは、はは」
アルベルトの素直な対抗心を見て、ついに我慢できなくなったのか、ズブロクが大声で笑う。体が回っているから声が途切れて聞こえる。
そうして武器同士がぶつかり合う前に、ズブロクは吼えた。
「ば、か、もの、め!!」
大剣と戦斧がぶつかり合う。
金属が悲鳴を上げた。
最後の一歩を僅かに大きく踏み出したズブロクは、下から上へ大剣をかちあげる。
力の拮抗はなかった。
はねあげられ、体ごと宙に浮いたアルベルトの首元に、もう一回転して戻ってきた戦斧の刃が当てられる。
「くっそ……」
「勝てると思うたか」
「勝ちたいから勝負したんだよ」
「……意気は好し!」
結局のところ技術のぶつけ合いになれば、老兵に勝つことは難しい。
だから一番勝算のありそうな場所で勝負をした。
多対一ならば他の戦い方もあるが、増援が見込めない以上、アルベルトなりにこれが最善と判断しての勝負だった。
「次じゃ次!」
ズブロクの表情は相変わらず怒っているようにしか見えなかったが、その声は随分と弾んでいるように聞こえた。





