頑固な爺
〈フェルム=グラチア〉から再びやってきた使者は、先ほどドントルと問答をしたドワーフの戦士であった。常に厳めしい表情をしているので、ハルカは最初のうち気後れしていたが、この男怒っているわけではなかった。
到着してからハルカたちを案内するまでの間に、怖い顔をしながらも、ドントルに対して熱心に〈フェルム=グラチア〉の警備兵になるよう勧誘を繰り返す。あの手この手で懐柔しようとしているのに表情はそのままであることから、そういう顔立ちなのだと理解したハルカである。
モンタナからのアドバイスにより、手合わせをしたくてうずうずとしているアルベルトの腕をコリンが、同じくびっしばっしと攻撃的な視線を送り続けるレジーナの腕をカーミラがとって、行動を制限させている。
二人がうずうずすることによって、相手の強さがわかるので、見ても分からないハルカにとっては良い指標でもあった。
ドントルが柔らかくしかし粘り強く勧誘を断り続けたため、一時的にそれを諦めたドワーフはようやくハルカたちの方へ目を向ける。
ナギがすぐ後ろを歩いているというのに、恐れることもせずに値踏みするようにじろじろと大きな目玉を動かしてハルカたちを観察してから、少し曲がった口を開いた。
「儂は外の国のものを好かんのじゃ。ドントルに免じて迎え入れるが、絶対に悪さをするでないぞ」
「しません」
「そっちでうずいてるものがおるようじゃが、暴れるのもなしじゃ」
アルベルトとレジーナを見ての言葉だ。
念押しされても仕方がない。
ハルカは約束の言葉を口にしようとして、思いとどまり、それから少し困ったように笑って答える。
「仲間に危害が加えられるようなことがなければ」
ドワーフがビタリと足を止める。そうしてハルカに正対して、ずんずんと近寄ってきてハルカの顔を下から睨みつける。
怒らせてしまっただろうかと強く後悔しつつも、ハルカは言葉を撤回せずにその強い視線を受け止め続けた。
「儂の前でよくもまぁのたまったな」
ぴりぴりと発せられた殺気のようなものに気づかないハルカは、嫌だなぁと思いながらも自然体のままに答える。
「……譲れないところなので。きっとあなたが街を守ろうとする気持ちと同じです」
ハルカがこの世界で学んだことの一つとして、どうしても譲れない部分はあらかじめ表明しておいた方がいいというものがある。慣れないし、それによってうまくいかない交渉もあるだろうけれど、言わなかった結果争いになるのならば、最初から伝えておいた方が健全だ。
その方が圧倒的に後ろめたくない。
ただこの瞬間は胃が痛むような嫌な時間であるけれど。
不意にドワーフからの殺気が霧散した。
「魔法使いなんざへにゃへにゃした女ばかりかと思えば、案外気骨があるではないか」
ハルカの腰につけた杖を見て魔法使いと判断していたのだろう。
このドワーフ、どうやら魔法使い差別派の人間らしい。随分と頑固そうである。
「儂の名はズブロク、名を教えろ」
「ハルカです」
「ハルカよ、お主らはお主らの信条に従え。じゃが代わりに儂らも儂らの信条に従う。結果相対することがあれば、その時は存分に武を競えばよい。ただし、戦う意思のないものを傷つけるような事だけは許さん。それだけは約束しろ」
「それは私の信条でもあります」
ズブロクは眉を上げて、今までで一番目を剥いて鼻息を荒く吐き出した。
「生意気な!」
しかしそれ以上何かを言うわけでもなく、回れ右するとずんずんと歩き出す。
ハルカの下からズブロクが去ると、ささっとコリアとモンタナが寄ってくる。
直前まで怖いドワーフに睨まれていたせいで、小さい二人が駆け寄ってくる様はちょっと癒しである。
「ハルカ、耳貸せ」
先に声をかけたのはコリアである。ハルカが少しかがむと耳元でささやく。
「ズブロクって言ったな、あれ十頭だぞ」
「……てっきりよくある名前なのかと。まさか現場にいらっしゃるとは思わず」
「そんなわけあるか、昔っから十頭やってるバリバリ武闘派他国人嫌いの爺だ」
「なるほど……、ドワーフの方って見た目で年齢がわかりにくいんですよね……」
「小僧!!」
「うひゃ!!」
雷のような大声でにコリアの体が跳ねた。
「誰が爺じゃ! 陰口なら聞こえんようにやれ、馬鹿者が!」
「ごめんなさい!!」
「何歳なんだよ、爺」
生意気で口の立つコリアが反射的に謝罪したというのに、アルベルトがワクワクした顔のまま大きな声で質問をする。
「百三十じゃ!!」
「爺じゃん!」
「まだまだ現役じゃ、クソガキ!! ぶち転がされたいか!?」
「っはは! 強そうだな、いてぇ!」
アルベルトの頬がコリンによってつねられている。
結構ぎりぎりまで伸びていて、アルベルトが本気で「いてぇって!!」と声を出した。
「すみません、うちの馬鹿が」
「ふん、ガキなんてどこでも生意気なもんじゃ」
やっぱり怒っているわけではないらしいズブロクが、あっさりと謝罪を受け入れて前を向いて歩く。アルベルトの頬には爪が食い込んだ跡が残っているが、自業自得である。
コリアが静かになってしまったところで、今度はモンタナがハルカの袖を引いて耳打ちする。聞こえないようにするためなのか、かなり耳に近いところで話されて、少しこそばゆい。
「あの人、ハルカのこと気にいったみたいです」
ハルカはモンタナとズブロクを交互に見て、首をかしげたが、モンタナは「です」と念押しをして少しだけ笑った。





