使い所
普通他国を訪れた場合は、公的な機関を探して打診をするまでにまず少し時間がかかるものだ。しかし、ハルカたちにその手順は不要である。
なぜかと言えば、前方にびっしりと並ぶドワーフたちの精鋭と謎のからくりがその答えである。
ナギがやってくると大概の国では警戒態勢をとって、警備担当のそれなりに偉い人が自動的にやってくるのだ。
ところでナギは、一応集団の最後尾をキープしながら、首を少しずつ動かして前方の様子を観察している。
つい先ほどまでラーヴァセルヴを怖がっていたナギからすると、ずらっとならんだドワーフも、得体の知れないからくりも、それほど恐怖の対象ではないらしい。
「じゃ、行くか」
「そうじゃな」
コリアの言葉にアバデアも頷き、ハルカたちが送ってきた面々が、話し合いをするために両手を上げて前へ進んでいく。ハルカとモンタナとコリンはその後ろについていき、手が早いアルベルトとレジーナ、それに戦う気がないカーミラとエニシは留守番である。
当然ナギもその場で待機だ。
〈フェルム=グラチア〉に到着したのはかれこれ二時間前。
まさか空から急に敵がやってくるとは思っていない〈フェルム=グラチア〉の司令官は、報告を受けてから慌てふためいて準備をし、手早く集められるだけの兵士を招集。十分な説明をしたうえで、竜が降り立ったと思われる場所へ行進。
ようやく到着したのが今というわけである。
国境やら他の街やらを飛び越え、目撃例からの伝令までもすっ飛ばして直接首都まで来ているので、準備に時間がかかるのは致し方ないことであった。
「止まれ!」
〈フェルム=グラチア〉側のドワーフから声がかかり、先頭を歩いていたコリアが足を止めた。
そのドワーフが他の者たちよりも刃の大きな戦斧を肩に担ぐ姿は、小さな体躯を大きく見せるほどには堂に入っており、特徴的な丸い目玉がなに一つ見逃すことがないようにとぎょろぎょろ動いている。
「名を名乗れ!」
コリアが前へ出ようとしたところ、それを制してドントルが一歩前へ出て息を吸った。
「北方国境警備隊隊長のドントル!」
相手に負けないくらいの大きな声がびりびりと空気を揺らす。
「なぜそれがここにいる!」
「国外に拉致されていた仲間たちを送ってきてくれた恩人が、誤解を受けずに済むよう竜に同乗してきた!」
「証拠はあるのか!」
「ない! だがあの竜は俺たちに何一つ危害を加えなかった! みろ、あの大きさを、あの威容を! あれが本気で暴れれば、どれだけの被害が出るかわかるだろう! 彼女らは手っ取り早い手段をとらなかった! 湖から現れたラーヴァセルヴ様も彼女らを客人とお認めになった!」
「なんだと!?」
大音響のぶつけ合いは、ラーヴァセルヴという名前が出たところでいったん終わりを告げる。〈フェルム=グラチア〉側のドワーフが、戦斧の先を地面にたたきつけるようにしてぎゅっと表情を引き締めてからドントルへ問う。
「その斧にかけて、嘘偽りはないか!」
「おう! この斧に懸けて、嘘偽りはない!」
同じく自らの戦斧の先を地面にたたきつけたドントルが、負けじと大きな声で答える。二人はしばらくの間睨みあっていたが、やがて〈フェルム=グラチア〉側のドワーフが戦斧を肩に担ぎ直した。
「好し! しばしそこで待機せよ! 夕暮れまでに案内の使者を向かわせる!」
「恩に着る!」
ハルカたちにとってはよくわからないやり取りであったが、彼らにとっては信用に足るほどのやり取りであったようだ。気になったコリンが、息を吐いて肩の力を抜いたドントルに問いかける。
「斧に懸けて、ってどういう意味なの?」
「ドワーフの戦士は、代々ドワーフの戦士であることが多い。先祖代々の戦斧は家の誇りだ。これに誓ったことを破ったのならば、どんなに名誉を汚されても、一族郎党殺されても文句はないという意味だ」
「……会ったばかりでやりすぎじゃろ」
隣にいたアバデアが呆れたように呟くと、ドントルは鼻の穴を膨らませて笑った。
「嘘は何一つついてない。ラーヴァセルヴ様が認めたんだぞ。穏便にやらずに見捨てられたらどうすんだ」
「随分と古風な考え方をするんだね」
コリアが言うと、ドントルは変な顔をしてから、一人で「ああ」と納得した。
「お前らは〈マグナム=オプス〉の出身だったな。あっちは造船やらに力を入れている先進派が多いからそう思うんだろ。俺たち焔海のほとりで暮らすドワーフにとっちゃ、ラーヴァセルヴ様は鉄の神様であり、守り神様でもある。ラーヴァセルヴ様が認めるってのは、お前らが思うほど軽い話じゃないんだ」
どうやら国内でも考え方の違いはあるようだ。
なんにしてもドントルの献身に対してハルカは頭を下げる。
「ここまでしていただけるとは思っていませんでした。本当にありがとうございます。何か私たちに恩返しできることはありませんか?」
「なに、暴れず平和に帰ってくれってくらいだな。俺の仕事は外から来た奴からこの国を守ることだ。これもその一環だと思ってくれていい」
欲のないことである。
ハルカは少し考えてから、モンタナとコリンに相談をして、荷物の中を漁る。
そうして一枚の薄い金属板を手に取り、ドントルへ差し出した。
「……すみません、これを。私の身分証のようなものです。拠点は遠いですが、いつか困ったことがあれば依頼を出してください。あなたがこの人と思う相手には渡して構いませんので」
皆で決めた使い方とは違う。
仲間の証明としてしか使わない予定だったのだが、本来はこんな時こそが名刺の使い時であった。
ハルカはこの気持ちのいい警備隊長のことがすっかり気に入ってしまったし、モンタナもコリンもハルカの考えに賛同をしていた。ここまでのことをしてもらって何もしないでは、あまりにも恩知らずすぎる。
「おお、なんだこりゃ! ものすごい技術だな。この竜は、あのナギって竜か。こんな高価そうなもの貰っていいのか?」
「貰ってください」
「別に恩着せるつもりは……まぁ、あったがなぁ。国境警備に戻ったらあの馬鹿どもに自慢するか。きっと自分が行けばよかったって悔しがるぜ」
ドントルはこれがどれほどの効力を発揮するかわかっていなかったが、ハルカたちの気持ちが伝わってきていい気分だったのでしっかりと喜んでみせた。
同時に、少なくともこんな風に感謝をする人が無茶苦茶に暴れるようなことはないだろうと、少し安心もしたのであった。





