いろんな事情
ナギは焔海の上を、ちらりちらりと眼下を確認しながら斜めに横切っていく。
下からがぶっとラーヴァセルヴが飛び出してこないのか心配しているのだ。
怖くないからといくらハルカに言われても、自分より大きなものにはなかなか出会うことのないナギは、どうしたって気になってしまうのである。
時折揺れる背の上でハルカたちが話をしていると、「びびんな! 前見て飛べ!」というレジーナの声が聞こえてくる。話に興味がなくて暇なのか、一番前で腕を組み、ナギが不安そうにしているのを見守っている、というか見張っている。
ナギは大きな声を出すレジーナのことは特に怖がっていない。
この一頭と一人、普段からとってきた獲物の大きさ比べをしており、それなりに仲がいいのだ。大型飛竜と張り合うレジーナも大概である。
ナギは振り返って何か言いたげな素振りをして、また同じことを言われることを繰り返しているが、それで気が紛れているようなのでハルカは二人をそっとしておくことにした。
「それにしても船ごと攫われるか。あの辺の海域ってのは、海賊行為が盛んなのか?」
「聞いたら後に引けなくなるかもしれないけど?」
「もう手遅れだろ」
ドントルが鼻で笑うと「言ったな?」とコリアが怪しく目を輝かせた。
「俺たちを襲ったのは、漂流者に扮した王国の奴ら……」
「待て、俺は海賊の話を聞こうとしたんだぞ」
「もう遅いね。あいつらには俺たちの航路が知られている。どうせ俺たちが二度と国へ帰れないだろうと踏んで、あいつら仕事の内容ペラペラしゃべってたから間違いないね」
「おいおい、ってことは、これ話したらどうなるんだ?」
「さぁ、国交断絶するんじゃないの? 話したんだから最後まで付き合ってもらうからな。もしかしたら俺たちが帰ってきたこと自体をなかったことにして、存在を消そうとしてくる奴もいるかもしれないけれど、ちゃんと守ってくれよな」
「ちょっと待ってください?」
その話はハルカも初耳である。
送って、挨拶をして、穏便に戻ってくるとばかり思っていたのに随分と物騒な話が飛び出してきた。
「一応コリンに相談したぞ、あんたらが出かけてる間に」
「そうなんですか?」
「うん、聞いてる。でも言われなくてもあり得ることだと思ってたからなー、ハルカにもちょっとだけ言ったよ? 貿易で利益出してる人たちからしたら、コリアさんたちは邪魔になるかもしれないよねー、だったらやっぱりうちに来てもらった方がいいかって」
「……そういえば聞きましたね」
ハルカは本当に彼らを故郷から離れた場所へ連れていっていいのかと悩んで、幾度かコリンに相談したことがあった。その時にそんな話を例に出されたことを思い出す。
「しかし、消すとか消さないとか、そんな大事になるんですか?」
「ハルカ、一応これ、国と国との問題だよ? 動くお金の額が大きいから、やっぱりそういうこともありえるんじゃないかなー」
ハルカだって、この世界では人の死が身近で、些細なことで物騒なことが起こることは理解している。それが元の世界でもありえそうな、捕虜の返還というシチュエーションでもやがかかり、判断力が鈍った結果がこれである。
故郷に無事顔を出せてよかったね、ではない。
コリアたちにとってはここからも勝負どころなのである。
それも含めてのあちら側からの遠慮であったりしたのだが、ここにきてハルカはようやくすべてを理解した。
「……今からでも引き返してもいいけどね」
「そうじゃな、隠しているつもりはなかったんじゃが……」
コリアとアバデアの気を使うような言葉に対して、ハルカはすぐに首を横に振った。
「いえ、行きます。ただ私がまた抜けていただけの話で、だからと言って皆さんを故郷に帰さないとはなりません。心配している方々に挨拶をして、それでも気が変わらなければうちに来てもらうって約束ですから。ドントルさんも心配しないでください。一緒にいる間は何があっても全力で守りますので」
「そりゃあ……頼りになりそうだな」
ぼんやりしてて大丈夫かこいつ、と一瞬思っていたのに、急にきりっとされてしまってドントルも驚きである。
理解が及んでいなかっただけで、もし出発前から事情を知っていたとしても、行動は変わっていなかっただろう。迷いのない答えはその証明である。
「一応その辺りの、そうですね、今回の件で損をするような人物を洗い出しておきませんか? 警戒しなければならない人物として」
「そうはいってもね、俺たちも現場の人間だから、十頭にはあまり詳しくないんだよね」
コリアが肩を竦めると、ハルカは「なるほど」と呟いて、そのまま視線をドントルに向ける。
「……何かお知恵を拝借できませんか?」
「いや、その、立場で渋ってるとかではなく、わしも同じような感じだ」
「まぁ、ない知恵合わせてみるか。造船関係だとそうじゃな……」
アバデアが挙げていく名前を手帳に書き記し、どんな関係があるかを追記していく。続くコリアやドントル、そして他のドワーフたちからも事情を聴取してハルカは情報をまとめる。
結果分かったことは、十頭のほぼすべてが、貿易に関連しているという話であった。関わっていない、というよりも積極的に事実を公開して守ってくれそうなのは、軍事関係代表者の頑固で人嫌いなドワーフくらいだろう。
もともと貿易に反対の姿勢を示している筆頭者だそうだ。
代わりに、ハルカたちに対する当たりは厳しいだろうし、国を出てハルカたちのもとで働こうとしているなんてばれたら、ぶちぎれて暴れる恐れがあるので扱いには要注意だ。
流石に十何人もいると、噂話もいろいろ集まるものである。
ハルカたちは〈フェルム=グラチア〉の少し手前の湖畔で一夜を明かし、翌日の午前中に到着できるように準備を進めるのであった。





