愛され隊長
国境警備隊からすると、ハルカたちの存在は非常に不気味だ。
行動自体は善人のそれである。
コリアの語りによれば、ここへ送ってきたのもほぼボランティアのようなもので、ハルカたちの利益のようなものが見えてこない。
そりゃあ空を飛んで数日だから、他の冒険者たちの護衛よりはよっぽど気軽なのはわかるけれど、これだけの人数を長距離護衛するとなれば、普通は莫大な護衛料が発生するはずだ。
ところがコリアによれば、ロハで送ってきたと言うではないか。
実際は王国からの謝礼が出るのだが、コリアは態々そんなことは伝えない。
自分の財布が痛むわけでもあるまいし、それならばハルカたちの評価を上げるためによく回る口をペラペラと回す。
そんなコリアの苦労を台無しにするかのように、ラーヴァセルヴとの邂逅。そして国境警備隊には聞こえないのに、一人で会話を続けるハルカ。
さらにコリアの事情聴取をしている最中には、突然の仲間内の殺し合いが始まった。
国境警備を任せられるドワーフは、ロギュルカニス式戦斧術を修めている。
一応は戦闘のプロである彼らから見ても二人の戦闘は壮絶であった。
一時的にコリアからの事情聴取をやめて見入ってしまったくらいだ。
そして理解したことは、この場にアルベルトとモンタナの二人に勝てる者がいないということである。
戦闘が終わってしまえば二人ともすっきりした表情をしており、しかも負った怪我はハルカが手をかざしただけですべてなくなってしまう。国境警備隊たちも治癒魔法使いという存在については辛うじて知っていたが、実際ものを見てしまうと奇跡の御業にしか思えない。
警備をするものとして、外の世界にいる冒険者に関する知識は多少ある。
特級冒険者というのが、その中でも災害と呼ばれるような存在であることも理解していたが、彼らは少しばかり甘く見ていたのだ。
そして起こった現象を追いかけるうちに、じわりじわりと冒険者の上澄みのずれに気づいていく。
ハルカの存在を辛うじて恐ろしいものとしていないのは、その物腰の柔らかさだけである。それでも中には不気味に思い、不審の目を向ける者もいたけれど。
コリアからの話を聞き終えて、国境警備隊の隊長ドントルは頭を悩ませた。
誘拐から監禁、そして救出と護衛。
仇と恩がごっちゃごちゃになってる上、この場での判断が非常に難しい。
腕を組んで十分近く葛藤して唸ったドントルはカッと目を見開いて、その団子のような鼻の穴を大きく膨らまして宣言した。
「…………ええい、わかった! わしが同行する。一人じゃ判断がつかん。どうせわしが駄目だと言ったところで、あんたらは無理やり突破することだってできるんだろう? だったらわしが通したと言った方がいい。大騒ぎになった時に間に入る人間が必要なはずだ。その代わり、頼むから〈フェルム=グラチア〉で暴れてくれるなよ……!?」
「元より悪さをするつもりはありません。こちらに危害が加えられない限りは大人しくしていることを約束します」
ドントルはハルカの言葉に変な顔をした後、深くため息をついた。
「そこだよそこ。その竜が突然現れたら〈フェルム=グラチア〉の奴らは目ん玉飛び出させて驚くぞ。できる限り戦いにならんようにだけ気を付けてくれ。いざとなりゃあわしを人質のようにして、一度話をする時間を作ってもらいたい」
「兄弟、あまり心配せんでも大丈夫じゃ。この人喋る言葉のまんま穏やかな人柄じゃからな」
「誰が兄弟だ。まったく、どうしてこんなことに」
この思い切りのいい国境警備隊長が気に入ったアバデアが肩を組むと、ドントルはそれを払って後頭部をかきながら砦の方へとぼとぼと歩いていく。
「ちょっと荷物の準備だけするから待っててくれ」
とぼとぼと去っていたドントルは、背負いバッグ一つ持ってまたとぼとぼと戻ってくる。気が進まないのか時折ため息をついているが、中々国思いのいい男である。
ナギの背に乗り込んでから地面にいる国境警備隊の仲間たちを見下ろして「た、高い」と言ってブルリと体を震わし手を振る。
「おい、あとは任せたぞ!」
「おう! 骨が残ってれば拾ってやるぞ!」
「ドントル、お前のことは忘れねぇからな!」
「良い奴だった!」
「おめぇら、戻ってきたら全員はったおすからな!」
温かい言葉をいくつか貰ったドントルがその場で拳を振り回すと、面倒ごとから解放された国境警備隊たちはゲラゲラと笑った。
ドントルの目が剣呑になる。
冗談ではなく、本当に戻ってきたら全員はったおすつもりだ。他人の不幸を笑うような奴らを許してはならないと固く心に誓った。
「……面白い人たちですね」
ふっと相好を崩したハルカが言うと、ドントルも一拍遅れてから答える。
「おう。だから俺はさっさとここの仕事に戻りてぇんだ。頼むぜ、本当に」
「善処します」
元の世界では信頼のおけないこの言葉も、ドントルにとってはそうではないらしく、小さく何度か頷きながら、納得したような顔をしていた。





