何歩先の
「あんたは、ラーヴァセルヴ様と知り合いなのか?」
「いえ、今初めてお話をしました」
「話? 何か話をしていたのか?」
ハルカははっきりと声を発していたが、そういえばラーヴァセルヴからの声はどこかくぐもっているように聞こえていた。振り返ってみると「俺は聞こえてた」とアルベルトが言って他の仲間たちも頷く。
思い出してみれば岳竜もしゃべる時は思念で行っていたし、口が動いていなかった。ラーヴァセルヴもまた、何らかの魔法じみた方法でコミュニケーションをとっていたのだと気づく。
「何者かと問われました。いくつか問答はありましたが、特に問題はないかと思います。湖の上を飛ぶ許可を頂きました」
「……ラーヴァセルヴ様が〈フェルム=グラチア〉の祭り以外で姿を現すのは、湖面を不法に移動するものを見かけた時くらいだぞ。……そうか、分かったぞ」
ドワーフの警備隊がハルカのすぐ後ろにいるナギを見て手を叩き、それから「うぉっ」と声を上げて後ずさった。ラーヴァセルヴが現れたことと、何が起こったか整理するためにナギのことまで頭が回っていなかったのだ。
薄情な国境警備隊が数人先に後ずさっていたが、巨大な竜を目の前にしての対応としては逃げ出さないだけで十分である。
「そこの大きな竜を気にしていらしたのだろう。それならば合点がいく」
「……そうかもしれません」
いいや私が魔素を垂れ流しており、神様にそっくりの姿をしているからです、と言ったところで話は進まない。ハルカは神妙な顔をして頷くという大人な対応をしてみせた。
「まあいい。そこの竜が大人しいというのはどうやら本当であるようだ。もうそこでいいからちょっと待っていてくれ」
「わかりました」
ハルカたちが黙って小人のコリアによる語りを聞いている間、アルベルトは湖に近付いていき、腕を組んでじっと煙を吐く山を見つめる。
先ほど思わず胸中を吐露してしまった通り、あっけらかんとしているようで悩みの尽きないアルベルトである。モンタナはその背中を見て、足音を消してそっとアルベルトに近付いていく。
「なんだよ」
振り返りもせずにアルベルトがモンタナにぶっきらぼうな言葉を投げた。
モンタナは尻尾をハタと一度振ってからアルベルトの横に並び、同じように腕を組む。
「アル」
「だからなんだよ」
「遠いですね」
「…………そうだな」
アルベルトもモンタナも、駆け出しのころからハルカに追いつくことを目標に掲げてがむしゃらにやってきた。時々立ち止まりながら、悩みながら、それでも冒険者になった頃に比べたら段違いに強くなっている。
そして強くなればなるほど、この世界での上澄みまでの距離がはっきりと見えてくる。
最初からたくさんのものが見えていたモンタナとは違い、アルベルトはステップアップする度に新たに壁があることに気が付き、それを壊して前に進むことを繰り返しているのだ。
これだけ長いこと捻くれずにやってきているのは、最初にハルカとまっすぐぶつかり合うことができたおかげである。それでも最近では焦りのあまり、他のことを後回しにする傾向が時折みられる。
ライバルと思っているモンタナにそれを見透かされることは癪だったが、それ以上に、モンタナが同じ思いを抱えていることを自ら告げてきたことに少しほっとした。
「僕たち、冒険者になってもうすぐ四年です」
「ああ、まだそんなもんか」
「そですよ、まだそんなもんです。ノクトさんとかカナさんは、百年冒険者してるですよ。僕らの二十倍以上冒険者してるです」
「…………なげぇな」
「あと十年ぐらい頑張れば、ノクトさんとそれなりに勝負できる気がしないです?」
「……わかんねぇけど、二対一ならあるかもしんねぇ。つーか、お前あの爺さんにちょっと厳しいよな」
「すぐお爺ちゃんみたいな顔してくるからです」
モンタナに何かしらの血縁関係を感じているノクトは、たまにめんどくさいお爺ちゃんのような顔をしてちょっかいをかけるのだ。モンタナとしても嫌っているわけではないのだが、面倒くさいなと思う時はあるのでこんな対応になっている。
「ハルカまではちょっと距離が遠いですよ。特級冒険者の名前とか調べて、一人ずつ攻略していくです。そしたらいつの間にかハルカの近くまで行けると思うですよ」
「……なるほどな、それ、ありだな」
「目標は五十年くらいで、特級冒険者の中でも強い方になることです」
「五十年か。こんだけ鍛えてりゃ、それくらいになっても体は元気だろ」
「やる気でたです?」
「ずっとやる気はあるけどな」
「そですか?」
モンタナが横目でチラリとアルベルトを見上げる。
アルベルトはそれを受け止めて暫く黙っていたが、やがて目を逸らしながら言った。
「ちょっとへこんでた。助かった」
「……アル、大人になったです」
「は? なんだよそれ」
「冒険者になったばっかりの頃は、もうちょっと反抗的だったです」
「なんだその言い方」
「僕のがお兄さんですから。成長したですね」
「何か腹立つな、ちょっと勝負しろよ」
「いいです。負け越しのアルの挑戦はいつでも受けるです」
「おいこの、ずるい手で勝ったやつはカウントすんなって言ってんだろ!」
「勝ちは勝ちです。それがなくても勝ち越してるです」
どうしても奇策を多く用意するうえ、見てから柔軟に対応を変えてくるモンタナの方が、ほんの僅かに勝率は高い。ただ、いざ敵と相対した場合は、相手との相性によって、モンタナが勝てない相手でもアルベルトが勝つことはあるだろう。
単純にこの二人が長く訓練を続けてきたうえでの訓練では、モンタナに軍配が上がることが多いだけである。
仲間内でいうのならば、特殊な目を持つモンタナやレジーナ、それに半分は吸血鬼であるイーストンと、特殊な能力を持っている者ばかり相手にしている割に、アルベルトはよく健闘しているといえよう。
今ではどこに出しても恥ずかしくない、立派な一級冒険者としての実力を身に着けている。
ハルカはといえば、いきなりはじまった訓練に気づくと、慌てて女子会のようになっていた会話を切り上げて二人の下へ駆け寄る。
どうせ訓練だろうと、止めることなく見守るハルカ。
仲間を信頼するという意味で、これはハルカの成長でもある。
昔であれば慌てて間に入ってやめさせようとしていただろうに、今では怪我をしたら治してあげればいいと考えている。
今日の訓練は気持ちが吹っ切れたアルベルトの勝利に終わった。最近剣筋が鈍っていたのに慣れてしまっていたモンタナが不意を突かれた形である。
二人の軽い傷を治しながら問われた「なんで急に訓練が始まったんですか?」という問いに、二人は顔を見合わせる。
「別に」
「そですね」
はぐらかすように答えた二人だが、互いの顔を見て悪戯っぽい表情を浮かべているのだけはわかったハルカだ。これだけ一緒にいると、表情で変な勘違いをするようなことはなくなる。
「まぁ、大けがにだけ気をつけてくれればいいですけど」
「大丈夫だって」
「そです」
「頼みますよ」
途中から訓練をちらちらと見ていた国境警備隊はドン引きしていたが、本人たちは楽しそうに笑って話をしながら元の場所へ歩いて戻っていくのであった。





