焔竜ラーヴァセルヴ
『うーむ。間違いなくゼスト様じゃないな』
「はい、あの、冒険者のハルカ=ヤマギシと申します。ラーヴァセルヴ様ですか?」
『いかにも。何じゃお前。見た目はそっくりだが、中身は違うな』
「この湖の周りの国に用事があって来ただけなので、ご迷惑はおかけしないようにします」
ラーヴァセルヴが乗り出した陸地の草がチリチリと音を立てて燃え始める。
身にまとっていた水が蒸発しきってしまったのか、水蒸気が消え、ゆらりと陽炎が景色をゆがませはじめた。
『いかんな』
すーっと引っ込んだラーヴァセルヴは、どぶりと湖の中に浸かってから、今度は目元までにょきっと顔を出した。
『しかしなんじゃ、ゼスト様じゃないなら殺しておくか……。何かよくわからんし……。いやしかしなぁ、湖に入ってきたわけでもないし……、流石にゼスト様そっくりな生き物を殺すのも忍びない』
ラーヴァセルヴはめちゃくちゃに物騒な独り言をつぶやきながら、湖面をゆらゆらと揺らしている。
放っておくととんでもない結論を出しそうなラーヴァセルヴに、ハルカは慌てて自分の方から声をかける。
「あの! 先日岳竜様にもお会いしたのですが、焔竜様も真竜でいらっしゃいますか!?」
『ん、ああ、あのでかい爺か。あれの知り合いか……』
「岳竜様によれば、私には何か役割があるとかないとかの話でして……」
『ああ、なるほど、お前、わしらと同じか。近頃また魔素が増えているものな。ならばまぁ、よかろう。危ない危ない、変なのが来たかと思って殺してしまうとこじゃった』
「焔竜様にはその役割がお分かりですか?」
焔竜様はぱちぱちと何度か瞬きをしてから、頭頂が乾いてきたからか、また一度湖の中に潜ってから答える。
『つまりあれじゃろ。魔素を使って世界に還元する役割じゃろ』
「魔素が濃くなりすぎるとよくない、でしたか?」
『よく覚えておらんがそんなじゃな。例えばわしがここを長いこと離れると、地が揺れ、山が火を吹き湖の周り一帯は焼け野原、更に広い範囲に灰が降り注ぎ不毛の地ができあがるわけじゃ。わしはそれでも生きていけるが、わし以外にほとんど生き物がおらぬ世界も面白くなかろう』
「そうなんですね……、ありがとうございます」
『しかし新たな仲間じゃな。最後に挨拶に来たのは北の山に住む生意気な小娘じゃったが、今度はもっと小さいのが来るとはな』
ラーヴァセルヴはもう一度首を伸ばしてハルカを見ると『うむ、小さい小さい』と納得して湖に引っ込んでいく。巨大なチンアナゴのようなコミカルな動きだが、この巨大な竜が岸に触れる度に煙と火が上がるので、そんなかわいらしいものとしてみていられない。
いつの間にやら国境警備隊のドワーフもアバデアたちも、地面に膝をついてお祈りのポーズをしている。このラーヴァセルヴは【ロギュルカニス】においては守り神のような扱いをされているので仕方がない。
『しかし、そっちのでかいのは仕草から見るにまだ子供か。将来有望じゃな。すでにあの小娘よりでかいのではないか?』
顎先で示したのはナギのことで、当の本人はいつの間にかハルカの後ろに回り込んでその大きな体を縮めている。言われてみれば最後にヴァッツェゲラルドに会って以来、ナギはまた少し大きくなっているような気もする。
『まぁ、でかいだけでも仕方ないが』
そしてまたジャボンと水に潜って顔を出す。
『それで、何をしに来たんだったか』
「北方大陸から人を送ってきたんです」
『ではもう帰るのか』
「いえ、もうしばらく湖の周りにいるかと思います」
『なるほどな。お前は小さいから小回りが利きそうだ。暇になったり、何か変わったことがあれば来るが良い。お前が一緒ならばわしの縄張りを自由に移動することを許そう。ついでにそこの竜の顔も覚えておいてやるとするか。いずれわしらの仲間になるかもしれんからな、どれ……』
また首を伸ばしてきたラーヴァセルヴを前にして、ナギは一生懸命ハルカの背中に隠れようとするが、めちゃくちゃはみ出しているので無意味である。鼻の先くらいしか隠れられていない。
『そう怯えるな、取って食ったりせん。よぅし覚えた。さて、ではわしは帰るとするか。あまりいつまでも浅瀬にいると水がなくなってしまう』
「あ、ありがとうございました」
『よい。近くへ来たら立ち寄れ』
ラーヴァセルヴは体半分ほどを湖に沈め、水蒸気をあげながら山に向かって泳いで消えていく。口を開けたままにして、のぼせて浮いてしまった魚を食べながらの悠々としたご帰宅だ。
その中には人よりもよっぽど大きな魔物化した魚も含まれていたようだが、ラーヴァセルヴにとってはお構いなしのようであった。
ハルカが仲間たちがいるところへ降りると、エニシがぽかんとしたまま固まり、アルベルトやレジーナが険しい表情をしていた。
「どうしました?」
「なんつーか、最近相手を見ると、今の俺がそいつ相手に何ができて、どんな風に戦ったらいいか、みたいなのがなんとなくわかるんだよな」
アルベルトはがりがりと頭をかく。
「何も出てこなかった」
「あれと戦おうって思うこと自体、すごいと思うのだけど……」
「ホント、よくそんなこと思いつくよねー」
カーミラがぽつりと漏らした言葉にコリンが同意する。
レジーナとモンタナはおそらくアルベルトに同意、そして一人別のことを考えていそうなのはエニシだ。
「エニシさんは、どうしました?」
「いや、そのだな……。なんとなく、神龍様に、雰囲気が少し似ておられたなと」
「……もしかしたら神龍様も、ラーヴァセルヴ様や、他の真竜様と、同じ役割を担っているのかもしれませんね」
「うむ……、驚いた」
「神龍様は、ラーヴァセルヴ様のように細長いんですか?」
「うむ、もうちょっと髭などがご立派だが」
話を聞いてハルカが想像したのは、日本昔話に出てくる龍である。
「おい、ちょっとこっちにこい! 来てくれ!」
ラーヴァセルヴとの邂逅に気をとられていたハルカに、ようやくそろりそろりと立ち上がった国境警備隊のドワーフから声がかかる。





