大きな大きな
のっしのっしと歩いて近寄ってくる巨大な竜に、国境警備のドワーフたちは動揺した。さて、砦にこもって対応するのがいいか、それとも砦の中から声をかけるのがいいのかで喧々囂々の話し合い。
結局勇気あるドワーフたちによって形成されている国境警備隊は、数人の慎重派をいざという時の報告用に陰に待機させ、ほぼ全員で道を塞ぐように並ぶことになった。
近寄ってきて分かったことは、竜の前に人が歩いているということだ。
いざとなれば戦いになることも覚悟していたドワーフたちも、これはもしや話が通じるのではないかと期待する。
先頭を歩くダークエルフが、何か声を発すると、大型飛竜が首を下げてふんふんと頷き低い唸り声をあげた。遠くで見ているドワーフたちは、こりゃ大変なことになるぞと肝を冷やしたが、竜はそこでぴたりと足を止めてそれ以上何もしなかった。
よく見れば竜の足元辺りには、ドワーフと小人の集団もいる。
警備隊のドワーフたちは警戒を解いたわけではなかったが、何やら事情がありそうだと察してダークエルフが近づいてくるのを待つことにした。
身の丈以上はある大きな斧を担いだドワーフたちがきれいに一列に並んでいる。
背は高くないけれど手足は太く、練度はかなり高そうだ。
「【ロギュルカニス】の国境警備隊の方ですね。私は【独立商業都市国家プレイヌ】からきた特級冒険者、ハルカ=ヤマギシと申します。この度は北方大陸で出会った【ロギュルカニス】の国民を無事に送り届けるためにやってきました」
「それはわかった。後ろの竜はなんだ?」
「あれはここまで乗せてくれた私たちの仲間です」
「……暴れないんだな?」
「大人しい良い子です」
良い子なんて形容するような大きさじゃないだろと対応しているドワーフは眉をひそめたが、ハルカからすればそれ以上にナギを適切に示す表現方法はない。
「わかった、話を聞こう。そっちの集団の代表は誰だ?」
「俺だ。〈マグナム=オプス〉で新型船の船長をしていたコリアだ」
「わしもじゃな。同じく船の乗組員のアバデアだ」
「よし、話を聞こう。……そっちの冒険者はもう用がないだろう? 送ってもらったところ悪いが、【ロギュルカニス】はよそ者を国内にいれないようにしてるんだ。こっから先は通せないぜ」
こんな返答は当然ハルカたちの間でも予測済みだった。
当たり前の対応をしたドワーフに対してコリアが噛みつく。
「おいおい、俺たち全員がここまで送ってもらったんだぞ? 北方大陸からここまで、歩いてきたらどれだけかかると思ってんだ。そういうのは事情を聞いてから判断しろってんだよ」
「長旅してきた割に元気な奴だな……」
「あのなぁ! 俺たちは船を奪われて攫われてたんだぞ!? 悠長なこと言ってないでさっさと〈フェルム=グラチア〉まで行って、十頭に報告しなきゃいけないんだよ。さっさと行くにはハルカたちの連れているナギの背中に乗せてもらうのが一番だ! わかったらさっさと道をあけろ」
「おいおい、落ち着けコリア。こいつらだって仕事でやってるんじゃ。無茶ばっかり言うもんじゃない」
「馬鹿野郎アバデア! そんなこと言ってたらなぁ、また新しい被害が出るかもしれないんだぞ。いいからさっさと通せって」
「あの! ちょっと離れて待っていますから。話が済んだら教えてもらえますか?」
コリアが騒ぎ、アバデアが宥め、ハルカが聞き分けよく引き下がろうとする。
一応中には入れないと言われたときにやると決めていた、当初の予定通りの対応である。
「お、おい……」
これで幾分か話がスムーズに進む予定だったのだが、ドワーフ数人が動揺した様子でハルカたちの後ろを指さす。振り返ってみると、大人しく待っている予定だったナギと仲間たちが、急いでハルカたちの方へ走ってきているのだ。
「おい! 大人しいんじゃなかったのか!?」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
「うぉ、飛んだ!?」
予定のない行動に慌てたハルカは、急いで空を飛び、寄ってくる仲間たちのもとへ向かう。
「おい、ハルカ! 湖見ろ!」
最初に届いた声はアルベルトのものだった。
ハルカは言われた通りに、少し高い位置から湖に目を向けてみると。
すると水面に長く太い影が見えた。
それはうねりながら少しずつ岸へと寄ってきている。近くへ来て気付いたことは、その影の全長が、曲がりくねっている状態でもおよそ五十メートル程あるということである。
「すみません! この湖にうちの子より大きな魔物とか住んでいますか!?」
ハルカがナギを指さして大きな声で国境警備隊に尋ねると、彼らはぶるぶると首を横に振る。
「そんなもんは……」
ハルカの焦った様子を見たコリアが、目じりをひきつらせながら叫ぶ。
湖面が盛り上がり、水蒸気と共に巨大な生き物がゆっくりと首をもたげた。
「焔竜しかいねぇよ!」
首が少しだけ向きを変えて、大声をあげたコリアの方へ向く。
コリアは思わず目を見開いて自分の口を塞いだ。
蛇のような、ナマズのような姿。
ひれのような角のようなものがいくつも生えている姿は、トビウオのようでもあり、それでいて皮膚は赤熱しており常に湯気が上がっている。
『これ、ではない。これか』
一度ナギを見たその巨大な生物は、ナギが怯えて首をひっこめたのを確認して、そのまま視線をハルカの方へ向ける。そうして意外と真ん丸でかわいらしい目を何度か瞬きさせた。
『…………ゼスト様か? いや、違うな。んん?』
推定焔竜は、その長い体を大きく左に傾けてしばし考えてから、ハルカをより近くで確認しようとぬーっと身を乗り出してハルカへ頭を寄せていくのであった。
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