森の美人な神様
アルベルトは特に面白いものも見つけられなかったらしく、プラプラと歩いて屋敷から出てきた。そうして出来上がったリースが墓にかけられてるのを見ると、立ち止まって墓石を眺める。
「たまに墓参り来るか」
「そうですね。たまには」
「てかここ、いいよな。よく考えたらめっちゃ秘密基地じゃんか」
「……言われてみればそうですね」
カーミラが招かなければ入ってこれないというのなら、狙われている要人なんかを匿うにはうってつけの場所だ。立派な屋敷まであるのに、誰も使っていないのは随分ともったいない。
とはいえここはカーミラにとっての思い出の場所であるし、生涯を共にした人の墓がある場所だ。無暗やたらと使うわけにもいかないだろう。
「少しだけ森を切り開いて、ナギも入れるようにしてあげればみんなで遊びに来れるかしら?」
意外とカーミラは乗り気のようである。
「魔法的には森を切り開いてもいいんですか?」
「大丈夫。生えてくる植物たちが私の意志を聞いてくれるだけで、あちらから何かあるわけじゃないから」
「なるほど……」
「あまり気を使わないで、何かあったら使ってほしいわ。……この子たちも賑やかな方が嬉しいかもしれないし」
そう言って墓石を撫でたカーミラは、懐かしそうに目を細めていた。
用事は済んだのか、カーミラが「戻りましょう。付き合ってくれてありがと、お姉様」という言葉で来た道を戻ることになった。空をいかないのは、できるだけこの場所を認識させないようにするためだそうだ。
だとすればやはりナギをこの敷地内にいれるのはやめたほうがいいのではないかと思うハルカである。
あれだけの巨体が森へ降りれば認識されるのは必然だ。
「俺には?」
「本当にここ、秘密基地に使っていいわよ?」
「よっしゃ! ありがとな!!」
お礼の言葉がないのかと冗談交じりに言ったところで、地主から許可を頂いたアルベルトは、ワクワクしながら周囲の様子を観察し始めた。秘密基地の近くの環境はよく把握しておきたいのが少年心だ。
把握したところでカーミラがいない場合は全く別の景色になるのだけれど。
時間は少し遡り、まだハルカたちがカーミラの実家に向けて歩き出した頃のことである。
特にやることもなかったモンタナはうろうろと浅い森の中をさまよい、今日の昼食に加える一品二品を確保しようとしていた。冬になる木の実というのは意外と多く、越冬のためにそれを狙う動物たちも元気に活動している。
主な食料は拠点から持ってきているが、それに彩る程度の肉を手に入れることはできるのだ。
鹿を引きずり、木の実をたくさん小枝に括り付けたモンタナは、人の気配を感じてガサゴソと茂みから森の外へ向かう。
「な、なんだ?」
ずいぶんと怯えた声がいくつか上がる。
身を隠す様子もないから、おそらく賊の類ではない。
モンタナが頭に葉っぱをのせたままずぼっと顔を出したところで、「ひえっ」と声を上がる。
「……なんです?」
「……ああ、驚いた。獣人かぁ……」
村人らしきものが数人。
中堅どころっぽい冒険者パーティが一つ。
首を横に向けると、小さな石造りの祠のようなものがあった。
モンタナがずりずりと鹿を引きずったまま現れると、場は少しざわついたがすぐにそれも落ち着く。
武器を持っていても、身の丈に合わない獲物を引きずっていても、モンタナは背が小さくかわいらしい容姿をしているので、強い警戒の対象になりにくいのだ。ただし村人の護衛をしているであろう冒険者たちは、見た目で相手を判断しないでもう少し警戒すべきだろう。
何かに気をとられて気もそぞろになっているようだ。
「君、何してたの?」
完全に子供に対する話しかけ方である。
モンタナは人のよさそうな顔をした青年をじろりとみて「ご飯とってたです」と答えた。
。
「そっか……。この辺の子、ではないよね? 冒険者かな?」
「そですよ」
「なら話が早い。さっきね、空を大きな影が横切ったんだ。かなり高い位置だったけれど、多分竜なんじゃないかと思う。早くこの辺りを離れて身を隠した方がいい」
そうそう飛竜がうろうろしているものではないし、この辺りに生息地もないので、空の影は間違いなくナギのことである。最終的には伝えてあげようと思いながらも、モンタナは問い返す。
「危ないならなんでうろうろしてるです?」
「……彼らが、一年に一度のお参りだからって聞かなくてね。この森の神様にお祈りしてるんだってさ」
「神様?」
「うん。〈迷いの森〉には神様が住んでるんだってさ。よく迷い人が出るのに、行方不明者は殆んどでない。帰ってこれなかった人は、神様に気に入られて面白おかしく暮らしているんだとか。出会った人もいるらしいけれど、大層美人だそうだよ?」
モンタナは振り返り森を仰いでカーミラの顔を思い浮かべる。
まぁ、現実離れした容姿をしているので、妙な伝説になっていてもおかしくないだろう。
「そですか。……空飛んでたのは、僕たちの連れている竜です。危なくないからゆっくりしてて大丈夫です」
「え、連れている竜ってどういうこと?」
「僕も冒険者です。飛竜の背中に乗せてもらって移動してるですよ」
「もしかして……、あれですか? 特級冒険者が帝都に大型飛竜を連れてきたっていう……。なんて言ったかな……、いや、ちゃんと宿の名前を覚えたんですよ」
急に丁寧な言葉遣いになった冒険者に、モンタナは少し表情を緩める。
「【竜の庭】、特級冒険者はハルカです」
「そうですそうです! すみません、失礼な態度をとって! 安心して護衛ができます!」
「そですか」
頷いたモンタナはずりずりと鹿を引きずりながら仲間たちのもとへ戻る。
ハルカは聞いたら恥ずかしがるかもしれないから、今の話はコリンとアルベルトにだけ教えてあげるつもりだ。
それからカーミラにも、神様みたいな扱いをされているよと教えてあげようと思うモンタナであった。





