積み重なる記憶の歴史
大人しくハルカのことをお姉様と慕っているから、特に追及したこともなかったのだが、実は拠点にいる誰もがカーミラの実力やできることを知らない。本人も語りたがらないし、その見えない部分が気になって仕方のない訓練大好き組が声をかけても相手にしてくれないからだ。
イーストンによれば『なりふり構わなければ、この中だったらハルカさんとノクトさんの次に強いんじゃない?』とのことだったが、森のこの動きを見れば納得である。カーミラ本人はそんなことはないと嫌がっていたけれど。
ちなみに夜に純粋な膂力を比べあった時、ハルカ以外でカーミラに勝てる者はいない。本人は負けた振りくらいするのだけれど、力の使い方を知っている冒険者達から見れば、それが振りでしかないことは明白だ。
どんなに平和な生を送ってきたとしても、千年を生きた吸血鬼というのはそれだけで生物としての頂点に近い力を持っているものなのである。だからこそ吸血鬼たちの中でも、生きる才能を持っている王たる血筋が尊ばれる。
カーミラは道中目についた色とりどりの木の実や、柔軟性のある木々を手折り集めて歩く。
「それ食えるのか?」
「食えねぇよ」
気になって尋ねたアルベルトに答えたのは、カーミラではなくレジーナだった。
赤い綺麗な木の実は、見た目ばかりでほぼ種しかなく、表面に僅かについている実も、硬い上に渋くて、数を食べると腹を下すという代物だ。
時折薬の材料に使われるのだが、レジーナはそんなことは知らない。
「よく知ってるわね」
「昔くった」
カーミラが感心すると、レジーナが不機嫌そうに答える。
一人で冒険者している頃の実体験だから、そりゃあよく知っているはずだ。
「そうね、食べ物じゃないの。ちょっと持っててくれる?」
片手が使えなくなることに渋い表情をしたレジーナだったが、嫌そうな顔のまま結局受け取る。仕方なくでも受け入れるのは圧倒的成長であると言えるだろう。断らないのは、一応レジーナがカーミラのことを、自分より格上であると認識しているからかもしれないが。
そうして歩くうちに、四人ともが植物を持ってお散歩することになる。
アルベルトは「集めるなら食えるものにしようぜ」と言っていたが「いいから持ってて」と言われて渋々言うことを聞いていた。
ハルカはというと、なんだか童心に帰って探検をしているようで少しだけワクワクしている。大人になってから読んだファンタジーよりも、もっと小さなころに童話としてみてきた魔法の世界に迷い込んだような気分である。
森全体の面積を見ればそれほど奥地ではないところで、ふいに視界が開けた。
小さな湖が現れ、その向こう岸には、巨木に隠れるように石造りの屋敷が佇んでいた。
「意外と近いんだな」
「そうよ。だから森に捨てられた子を見に行っても間に合ってたの」
「人に見つからなかったんですか?」
「私が一緒でなければ、森が道を阻んでくれるの。少しずつ方向をずらして、ここを避けるように森の奥地へ案内されるようになっているわ。方向感覚がおかしくなって迷い、外へ出るまで随分と時間がかかる。だから〈迷いの森〉なの。あ……、遭難する前に道案内してあげてたのよ?」
湖畔を歩きながら目を細めていたカーミラだったが、はっとした顔をして振り返ってハルカに言い訳をする。
ハルカも別にやってきたことを責めているわけではない。
最初の時以来、たまにこうして勝手に言い訳するようになってしまったのは、脅かしすぎたせいかなと反省している。
「カーミラが直接案内してあげるんですか?」
「違うわ。動物に魅了をかけて、森の外まで案内してもらうの。花冠を頭に載せたりして、狩られないように準備するのだけれど、それでも送るたびに食べようとしてくる人もいて困ったことがあるわ」
「迷ってんだから飯にしようとするだろ」
「そんなに追いつめられるまで放っておかないもの!」
昔話をしながら湖畔を散歩して、屋敷の方までたどり着くと、日が当たるところに大きな石板が立てられているのが見えてきた。角がなめらかではなく、素人仕事であることがわかるくらいには手が加えられている。
カーミラは近くに置かれた岩を削って作られたイスに腰を下ろすと、集めてきた植物を回収した。そうして柔らかな枝を曲げて円形を作ると、そこへ器用に色とりどりの木の実や花を編み込んでいく。
退屈そうにしばらくそれを眺めていたアルベルトだが、やがてこらえ切れなくなったのか、屋敷を指さしてカーミラに尋ねる。
「中見てきてもいいか?」
「いいわよ。面白いものもないと思うけど」
「よし、んじゃ行ってくる。レジーナもいかね?」
「いかねぇ」
「なんだよ。まぁ、いいけど」
意外なことに同じく他の椅子に腰を下ろして、つまらなさそうな顔でカーミラの手元を見ている。レジーナにとっては特別面白いことではなかったが、カーミラがやけに穏やかで楽しそうな表情をしているので、何が面白いんだと気になったのだ。
小一時間もすると、とってきた材料が使い切られ、大きなリースが一つ出来上がった。ハルカは途中から何を作っているか理解していたけれど、そんな文化を知らないレジーナは最後まで何をしているかわからなかった。
スカートを軽く手で払って立ち上がったカーミラは、手掘りの石板の前に立つと、手作りのリースを斜めに引っ掛ける。
「なんだそれ」
「お墓。私と一緒にここで暮らした犬……、人たちのお墓よ」
「なんでそんなもん引っ掛けるんだよ」
「私がこれを作るとみんな喜んでくれたわ」
「死んでんだからわかんないだろ」
カーミラは首だけで振り返り、眉間にしわを寄せているレジーナをちらりと見てから、墓石の方へ向き直って微笑んだ。
「そうかもしれないわ。でも、私は覚えているし、思い出すもの。二百年、三百年たって、もし皆が寿命で死んじゃっても、私はリースを作りながら思い出すわ。食べられるものを集めろって言ってたアルベルトや……」
そうして赤い木の実を指先でつついて続ける。
「これを食べて痛い目にあったことのあるレジーナのことも」
「思い出すな、むかつく」
「駄目よ、覚えちゃったもの」
くすくすと笑いながらカーミラはハルカの横へやってきて、指先で肩をつつく。
「お姉様は、その時も一緒にいてくれると嬉しいわ」
「…………そうですね」
生きているか死んでいるかもわからない。
それでも、笑いながらも寂しそうにしているカーミラの表情を見てしまうと、ハルカは肯定の言葉しか返すことができなかった。





