迷いの森と吸血鬼の血筋
前話、同行者にカーミラを入れ忘れていたため修正しています。
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ブロンテスに見送られて巨釜山を発ったハルカたちは、そのまま海岸沿いに南下していく。食料の調達はできるだけ自分たちで行い、村に立ち寄ることは控えながら進む。
ナギと一緒に乗り込もうものなら、辺境の村人を無駄に驚かせてしまうばかりだ。
仮に驚かないとしても今回は大所帯なので、村に食料の確保を頼むと迷惑が掛かってしまう。
そうやって人があまりいない場所を移動してきたハルカたちだが、【ドットハルト公国】が横から見た漏斗のような形の国土をしている都合上、南下していくにしたがってどうしても都市が近くなってしまう。
そろそろフォルカー伯爵領が近づいてきたなというあたりで一泊し、そのまま死の海を斜めに横断して南方大陸に入ってもらう。地図上で今回のルートをなぞってみれば、右上から左下へ斜めにまっすぐ進んでいるような形になる。
今回の旅の目的はまず【ロギュルカニス】にたどり着くことであるから、途中であまり寄り道をするつもりはないのだ。
海の上を飛んでいくと、ナギの背に乗るドワーフたちが難しい顔をして唸り出す。
「どうしました?」
ハルカが尋ねると、アバデアが顎鬚を触りながら眼下を眺める。
「いやなに、うちにはナギがいるじゃろ? ナギにできぬことを船でするならば、やはり超大型船を作りたいと話しておったのだ。速度よりも頑丈さと輸送力を重視した超大型船じゃな」
「なるほど……?」
「あー、でも船に期待してるのはハルカとナギがいなくても、恒常的に交易ができることだよー。そこまで考えなくても大丈夫」
難しい話をしているらしいと、ハルカが頭をひねったところでコリンが話に入ってくる。
「とはいえ、どうせならば一度の行き来で扱える荷物は多い方がいい。力を示すためにも過去に類を見ない大型の船を作るのも面白いと思うのだ。好きにやらせてもらえるのであれば、変わったこともしてみたい」
「それはいいけど、あまり大きすぎると港に入るのに苦労しない? 海底が浅い港だと、底を擦っちゃいそうだし」
「その辺は船に小型船を取り付けることで……」
本格的な話になるとハルカが口を挟む隙はない。
一応話自体にはついていけているが、新たな案を出せるほどの知識は持ち合わせていなかった。
それほど退屈もせず、大きな問題に見舞われることもなく空の旅は続き、やがてハルカたちは【ロギュルカニス】の国境少し手前までたどり着いた。拠点を出てわずか七日。ナギの飛行速度の成長を感じるところである。
なぜひと息に【ロギュルカニス】の手前まで行かなかったのかと言えば、この手前にある森に用事があったからである。
ここは通称〈迷いの森〉。
広大な面積と、豊かな土壌を持つ大森林で、カーミラの故郷でもある。動物や薬草などが豊富である一方、魔物の数も非常に多く、立ち入ることは困難だ。
ここへやってきたのはカーミラの希望によるものだ。この森の奥地には、カーミラの館と、長い時間の間でカーミラが拾い育てた人たちの墓がある。
森の手前に着陸したハルカたちは、留守組と墓参り組に分かれることにした。
まず森へ入るのは、ハルカとカーミラ。それから、もし人が来た場合トラブルを起こしそうなアルベルトとレジーナである。帝国の冒険者や兵士とわざわざ争って【ロギュルカニス】出身のドワーフや小人がいることを知られたくないからだ。
とりあえずのところ彼らには、ナギの陰になる場所でのんびりと過ごしてもらうことにして、誰かがくればコリンとモンタナ、それにエニシが対応することになっている。
全員が若く舐められがちな見た目であるが、ナギを見てなお高圧的にくるような相手は、誰が対応しようとかわらない。
カーミラが森へまっすぐ歩いて向かう。
「先を歩きますよ」
道なき道を進むのならと、ハルカが提案をするとカーミラは笑って首を横に振る。不思議に思いながらもついていくと、カーミラが近づくにつれて森の細い木や草花が外側へ倒れて道が作られる。
「なんだこれ、きもいな」
レジーナが眉を顰める。
不可解な現象に対して、あまりに素直な一言だった。
「魔法か?」
アルベルトが駆け足で先に進み、道を作っている木を触ってみる。柔らかくなっているか、別の素材から作られているのかと思いきや、触れてみれば普通の木と触感は変わらない。
「さ、行きますわよ」
カーミラが行く先に道ができる。
ハルカが驚いた顔をしていると、カーミラは得意気に笑う。
「私、それからお父様やお母様は長くこの〈迷いの森〉の主をしてきたの。少しずつ地面に一族の血を染み込ませ、植物たちの成長の糧にさせ、簡単な命令なら聞かせられるようになっているわ」
「魔法……ですか?」
「闇魔法ね。それに、私はこの森の中に限って、侵入者がいればすぐに分かるようになってるの。しばらく離れていたから、ところどころ感覚が途切れてる場所もあるけれど……」
「すげぇじゃん」
「そうよ? 私こう見えて千年生きている吸血鬼なんだから」
アルベルトの素直な称賛にカーミラは胸を張る。
闇魔法に関してはハルカにもわからないことばかりだが、これが一般的なものでないことくらいはわかる。
イーストンによれば吸血鬼は自らの血を媒介に特別な魔法を使えるそうだから、これもその一種なのだろう。
吸血鬼の王を名乗っていたヘイムも、血を霧状にして、ドーム型に広げることで、昼間でも吸血鬼としての力を発揮できる空間を作っていた。
カーミラもとぼけているばかりではないということである。
「よし、じゃあ今度手合わせしようぜ。この森の中でもいいぜ」
「それは嫌って言ってるじゃない」
「なんでだよ、たまにはいいだろ」
「嫌よ、戦うのは嫌い」
アルベルトに訓練をねだられると、カーミラはハルカを間に挟むような形で断りを入れる。毎回断られているのに、アルベルトもなかなか懲りない男である。





