あの人の終着点
【ロギュルカニス】へ向かうことを決め、全員に通達を済ませてから三日。
一緒に出掛けるのは初期メンバーとレジーナ、それにエニシとカーミラも一緒に行くらしい。
ユーリは肌の色が南方大陸の人たちに近い小麦色をしており、おそらく【ロギュルカニス】の一部とは相性が悪いのでお留守番である。
話を聞いたところによれば、【帝国】は過去に【ロギュルカニス】に侵攻しようとしたことがある。そこから陸上交易の一切を遮断しているというのだから、それに対する怒りは相当根深いはずだ。
ドワーフたちは気づけば拠点の面々ともすっかりなじんでおり「ちょっくら挨拶してくるわい」などと言ってナギの背に乗り込んでいく。すっかり戻ってくる気満々だが、そううまくいくものだろうかとハルカは少々不安である。
以前南方大陸へ向かったときは、【グロッサ帝国】に対する敵対意識が強かったため、移動に気を使ったものだが、今回はすでに慣れた空路を進むだけである。むしろ【グロッサ帝国】からは身分証としてきらびやかなバッジを貰っているので、呼び止められても『この紋所が』とすることができる。
どちらかと言えば気にするべきは間に領土を構えている【ドットハルト公国】の方だろう。こちらは【亡剣卿】ことフォルカー伯爵と知り合いなくらいで、それほど知人は多くないのだ。
国内を勝手に飛び回っていると警戒されて当然である。
できるだけ海岸線沿いを進むことを決めていたハルカたちが最初に立ち寄ったのは、天辺が雲を突き抜ける巨釜山であった。
すでに苔むした家の間を抜けていくと、高さ十メートルはあろうかという扉が開き、そこから一つ目の巨人が顔を覗かせた。
「おお、久しぶりだ、よく来たね。ドワーフたちも一緒なのか、ふもとの子たちか? とにかく中へ入って休んでいくといい」
「お久しぶりです、ブロンテスさん。お話もいくつかありますので、お邪魔させていただきます」
ぎょろりとした目は見るからに恐ろしいけれど、実際に話してしまえば穏やかな人物であることはすぐにわかる。目を丸くして固まったドワーフたちも、ハルカたちが気安く接して建物の中へ吸い込まれていくのを見てその後に続いた。
ブロンテスが自分用のキッチンを使い、ハルカたちも小さなキッチンを借りてそれぞれ茶を沸かしてのんびりと話をする。ここで暮らしているばかりのブロンテスは、ほんの八カ月の間にハルカたちが何をしたのか聞いてずっと驚き笑っていた。
長い話となったので、退屈になったアルベルトやドワーフたちは外でうろうろしており、近くにいるのは未だにブロンテスに少しだけ怯えているエニシと、コリンにモンタナだけである。
「目まぐるしいねぇ。いや、本当にすごい。それで今度は彼らを故郷へ送って帰るのだね」
「はい、折角なので立ち寄らせていただきました」
「嬉しいよ。私のところにまた友人が訪ねてきてくれるようになるなんて、夢のようだ」
「それでその……、〈ノーマーシー〉の街の創設者のことなのですが……」
ジョー=ノーマ。コボルトたちが博士と呼んでいた人物である。
廃墟となった〈ノーマーシー〉の街までコボルトたちを導き、街を作らせ、塔を建て、武器と生きるすべを与えた、皮肉屋な男の名である。
ブロンテスはモノクルを外して布で拭いてから、しっかりと頷いて応える。
「そうだね、きっとそれはジョーだろう。こう呼ぶと彼はいつも嫌な顔をしていたな。そうだ、能間譲は、私たち〈はみ出し会〉の仲間であったよ。発想が豊かで、口が悪く、世話好きな男だった。そうか、彼はそんな軌跡をたどって、コボルトたちの街を作ったのか。いかにも彼らしい人生だ。素晴らしい」
「やはりそうでしたか……。能間さんは、日記を残していました。そこにブロンテスさんらしき記述もあり、ここでの暮らしを随分と懐かしんでいるようでした」
「どうせ私のことを『うすのろ』とか書いていたんじゃないかな?」
ハルカは苦笑いしてそれには答えない。
確かにそれらしいことは書いてあったし、ブロンテス本人は笑っていたが、肯定するのには少し障りがあった。
「そうか。ではジョーの作り上げた場所を、今はハルカさんたちが見てくれているんだね。……なんと表現していいのかわからないけれど……、すごく嬉しいよ」
「能間さんはコボルトたちに『博士』と呼ばれて親しまれていたようです。彼の墓は塔の天辺の温室に設けられていて、墓石には当時のコボルトたちからの温かい言葉がたくさん刻まれていました。元気で良く動くコボルトたちも、そのお墓の前に行くと大人しく墓石を見つめるんですよ」
「……きっとジョーがそれを見たら嫌な顔をして『ボーっとしてないで手足か頭を動かせ』なんて言うんだろうな。照れ屋なんだ、彼は」
かつての仲間の最期を伝えることが、ブロンテスにどんな影響を与えるのか心配をしていたハルカだったが、存外穏やかな表情を見せてもらえたことでほっとしていた。
これならばと思い、ハルカはさらにブロンテスに尋ねる。
「能間さん……、いえ、ジョーさんは人だったんですよね?」
「うん、そうだ、人だった。ただ彼は……、この世界の人ではないと言っていたね」
想像通りの答えだった。
数年前までラミアたちの間で暮らしていた、スコップの男といい、『博士』といい、この世界には時折元の世界から紛れ込んでしまう人物がいるのだ。
「彼は元の世界では、この世で一番くだらない研究をしていたと言っていた。多くを語らなかったけれど、いわゆる兵器の研究をしていたようだね。私たちが危ういものを作りそうになると、よくその危険性について論じてくれていたよ。……結局は、便利なものを作るほど、それを応用して危険なものはできてしまうものなのだけどね」
以前アルベルトに殴られたおかげで、その辺りのことはすでにある程度割り切れているブロンテスである。それでも苦々しい表情を浮かべるのは、未だに責を感じている部分があるからだろう。
一方ハルカはと言えば、そんな紛れについていろいろと考えていたが、やがてブロンテスに「どうかしたのかな?」と尋ねられて我に返った。
「いえ、なんでも」
「そうかい。しかし、こうして立ち寄って話をしてもらえるのはありがたいよ。また近くに寄ったらぜひ話を聞かせてほしい」
「もちろんです」
しっとりとしたいい雰囲気の中、外からドワーフたちの「鉄のうんこがいっぱいあるぞぅ!」という声が響いてきた。彼らはハルカたちの拠点にも住んでいる鉄羊ヘカトルのことも妙に気に入っており、追いかけまわしてよく電気攻撃を食らっていた。
鉄羊がたくさんいてテンションが上がっているようである。
少ししてから電撃を食らったのか悲鳴を上げた者がおり、仕方なくハルカは腰を上げる。
「すみません、騒がしくて」
「いや、賑やかでいい、嘘ではないよ」
そう言ったブロンテスは確かに柔らかに微笑んでいた。





