内紛
翌朝、大門を通してエニシは行成と接触する。
挨拶を終えてからすっかり言葉少なになっていた大門は、朝になって神妙な顔をしてどうしても話をしてほしいと頭を下げてきたのだ。
北城行連がエニシのことを敬っていたというのは嘘ではなかったようで、行成もエニシの身分を知るなり姿勢を正して頭を下げた。
「あの未来読みの巫女様でしたか……。父は酒に酔うと時折あなた様のお話をしておりました。未来を見通すことができなくなったとうわさが広がった時、父は面会を求めたのですが、あえなく却下されてしまいました。〈北禅国〉は豊かであるがゆえに戦も多く、すぐに領地を離れるわけにもいかず歯噛みしていたのを覚えております」
「……馬鹿な、我は面会を拒絶したことなどない。一度見た者はどのような身分のものでも最優先で我の下へ通すように指示を出しておった。不安だろうと、怒りもぶつけたかろうと、それでも改めて視ることで原因を探ろうと……!」
「いえ、ふせっており誰も会うことはできぬとのことでした。父がひどく心配していたのでよく覚えております」
「なぜじゃ……。いやしかし、確かに力を持つものに限って、我のもとを訪れることがなかった。来るのはいつも我に恨み言をぶつけていく民ばかりで、事情の聴取もままならんかった……。待て……、いつの間にやら我が大名の力を削いで〈神龍島〉に力を集めようとしていると噂が広まったのもそのせいでは……?」
ぶつぶつと呟くエニシの言葉は物騒である。
誰も邪魔をせずに聞いていると、やがてエニシは真剣な表情で行成に尋ねる。
「……我の後を継いだのは誰だ」
「サイカ様です」
「サイカ!? なぜサイカなのだ! ミズホは! ホノカはどうした!?」
「〈神龍島〉内で何やら変事があったそうなのですが、外には詳細が伝わっておらず、申し訳ありません。エニシ様が……その、お身内と共に権力を掌握するために立ち上がり、返り討ちにあったと。表に顔を出す巫女の顔ぶれも随分と変わったとか……」
動揺して掴みかかったエニシに、行成も言いづらそうに答える。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な! 我が全ての責任を負って死んだ体で引継ぎが行われるはずだった! なぜ、どうしてそうなる! あの子たちは、我を逃がした子たちは、ああ……、あああ! どうしてこうなったのだ!?」
膝をついて髪をかきむしるエニシの動揺があまりに酷い。
頭皮まで傷つけてしまいそうな様子に、ハルカは思わず近寄ってその手を掴んだ。
「放してくれ、ハルカ……。何を我は悠長なことを……。なんとしてでもすぐに帰るべきだったのだ……、こんな所で、こんな所で無意味に時間を潰して! あまつさえ、我は、ここの暮らしを楽しんですらいたのだ……。何をしておるのだ、本当に……」
「エニシさん……」
「……行成よ、知っていることを教えてくれ。我と共に立ち上がったとされる巫女たちはどうなった」
行成は答えない。
答えないことが答えであったが、エニシはそれでも繰り返す。
「後生だ、おしえてくれ! どうなったのだ!!」
「…………皆、亡くなられたと」
「ああああ!」
「しかし! 〈北禅国〉は〈神龍島〉からは離れていますし、正確な情報とは……」
希望を語る行成の表情はどこか自信がなさげで、それはハルカたちにすらただの慰めであると悟らせるに十分なものであった。
首を振って暴れようとするエニシを見るに耐えなくなったハルカは、抱き寄せてその動きを封じた。放っておくと自ら命を絶つのではないかという恐ろしさがあった。
「行成さん、すみません、少し時間を」
「……申し訳ございません。私が余計なことを」
「いいえ、いつか知ることなら、一緒にいる時で良かったかもしれません」
行成と大門が深く頭を下げて席を外す。
ハルカは今のエニシをほったらかしにするつもりはなかったし、様子が変だと集まってきた仲間たちもそれは同じだった。最初から現場に居合わせていたコリンが、後から来たものたちに事情を話すと、それぞれがその場に座り込んで時々妙な声を発しているエニシを見守っている。
レジーナだけは話を聞いてその場から立ち去ったが、いつもと違って少しだけ大人しかった。事情とか気持ちとかはあまりわからなくても、泣きわめいているエニシの姿を見て、よっぽどのことなんだろうと感じ取り、余計なことを言わないくらいの分別は手に入れていた。
ほとんど丸一日そうしていた。
集まっていた仲間たちは時折席を外して、用事を済ませるとまた戻ってくる。
コリンがエニシに飲食を勧めたりしたが反応はなかった。コリンは小さくため息をついたが、それは腹を立てたからではない。かける言葉も見つからず、エニシのことが心配であっただけだ。
ハルカもまた、エニシが食べないのならばと、それに付き合って絶飲食を続けていた。
日が暮れる頃にエニシは枯れた小さな声で一言。
「……放してくれ」
何をするかわからない不安定な状態を見てしまったハルカは、心配ですぐに放すことができない。エニシはもぞもぞと動くが、ハルカの腕は緩まない。
「あの、大丈夫ですか? もう暴れたりしませんか?」
「……いいから、放してくれ」
「エニシさん」
「……しない」
「本当ですか? 放したら何をするつもりです?」
「なんでもいいだろ……、とにかく放してくれ」
「いえ、心配なので……」
「ハルカ、頼む」
「エニシさん……」
「…………用をたしたいのだ……っ!」
悲鳴のような声を聴いて、ハルカがぱっと腕を広げると、エニシが厠へと走っていく。ハルカがその姿勢のまま固まって、仕方なくコリンがそのあとを追いかける。
「なぜついてくるのだ!」
「心配だから!」
「やめろ! 恥ずかしい!」
かすれた声で反論が聞こえてくるが、コリンは離れる気がなかった。
自業自得であるが、トイレにまで付き添われるという恥ずかしい思いをしてエニシが戻ってくる。
「何をしているのだ」
エニシが戻ってきてすぐに目に入ったのは、解放した時のまま固まっているハルカであった。
「す、すみません、察しが悪く」
「……よい。心配してくれたのだろう。我こそすまぬ」
許されたハルカはそっと腕を下ろし、その手を膝の上に乗せる。
「なぜ、我のやることはこうも上手くいかんのだろうなぁ」
その場には、自嘲ばかりがこもったエニシの言葉に答えられるものはいなかった。





