酒盛りの乱入者
大人しく、静かに目立たずにいたエニシは、大門や行成の視線が向けられそうになるたび、さっと顔を隠していた。あちらからすれば、恥ずかしがりやな女の子くらいに認識されていたことだろう。
協力をする方針で話がまとまり、すっかり夜も更けて大人の時間。
暖炉がある食堂の端にテーブルを持ち込んでちびちびとお酒をたしなんでいるのは、ハルカとノクトの師弟、吸血鬼組とエニシの五人だ。
「冷えてくると呑めば体があったまりますし、お酒がおいしいですねぇ」
「夏場には冷たいお酒がおいしいって言ってなかった?」
「春は外で呑むと気持ちいいと」
「秋は食べ物とお酒が合うと言ってたわ」
イーストン、ハルカ、カーミラ、と順番に突っ込みを入れられたのは、実は年中飲んだくれているノクトだ。馬鹿みたいな量を呑むわけではないのだが、夜更かしをするときは必ずお酒をお供にしてポヤポヤとしている。
「実は【神龍国朧】には、米から作られた酒があるのだ。透明な色をしていて、薫り高く、非常にうまい。温めて呑むとこれがまた……」
少女にしか見えないエニシが酒を飲んでくーっ、とやっていると絵面が良くないのだが、彼女も大人なので誰も文句は言わない。
「いいですねぇ、そのうち飲ませてください」
「……はい」
明らかにハルカに向けてのメッセージであった。
そのうち【神龍国朧】へ行くことを確信してのおねだりである。
「それにしても〈北禅国〉か……。あそこは小さいながらも強国なのだがな」
「エニシさん、あまり顔を出そうとしませんでしたね。縁をつないでおいた方がよかったのでは?」
「うむ……、そうなのだが……」
「仲が良くなかったとか?」
渋るエニシにイーストンが聞きづらいことをズバリと尋ねる。
「いや、普通だ。普通の大名家で、歴史的に見れば、時折他国へ侵略をすることもある国だった。顔を出さなかったのは、あの大門という男が、過去に先代と共に妾の下へ訪れたことがあったからだ。行成殿の言う通り、〈北禅国〉は産物の多い国でな。少しばかり遠いとはいえ、その貢物は〈神龍島〉を潤しておった。…………というか、あの国は、末永く栄えるはずだったんじゃ。だから、面食らっておったのもある」
「運命、だったかしら?」
「そうだ。……北城の当主が命を落としたのは、我が間違った運命を伝えたせいで油断した故……、とすれば合わす顔もない」
エニシは俯き目を伏せる。
彼女が今ここにいるのは、運命にほころびが生じ、【神龍国朧】から逃げ出さざるを得なくなったからだ。
エニシにとって今回の話は、かなり心に痛手を負う内容であったというわけである。責任を強く感じ、顔を出すのが躊躇われるのも無理はない。
こうして酒の場に顔を出したのも、眠ることにすら苦悩した結果であった。
いい慰めはないかとハルカが言葉を選んでいると、少し頬を赤くしたノクトが人差し指を振りながら口を開く。
「お酒がまずくなりますねぇ」
酷い言い分だった。
非難しようとハルカが顔をあげると、ノクトは笑ったまま指を自分の口元に当ててそれを制する。
「エニシさん、責を他所に求める当主は三流です。あなたの運命を視る力があてにならないというのは、すでに【神龍国朧】全土に知られた後でしょう? 今更それを頼りにしているほうがおかしいんです。あまり卑屈になってはいけませんよぉ」
あてにならないというエニシの心を直接攻撃するような強い言葉を使っているが、だからこそ説得力のある言葉でもあった。
「そうですね……。であれば、慎重に行動していてもおかしくないはずです」
「……そうだろうか?」
「そうね、エニシちゃんは頑張ってるもの」
「カーミラさん……!」
内容はともかく、とりあえず甘やかしてやろうという意図を感じるカーミラの胸にエニシは飛び込んだ。お互い拠点のアイドルをやっているもの同士、二人はそれなりに仲がいい。
昼はエニシ、夕暮れからはカーミラが、拠点の作業をしている男性たちの心のオアシスとなっているのだ。良いシステムである。
場の空気が明るくなったところで、ハルカが自分もお酒をとグラスを手に取ったところで、すーっと冷たい空気が入ってきて暖炉の火が揺れた。察していなかったのはエニシとハルカで、風が入ってきてなお察しなかったのはエニシである。
なぜならエニシは今カーミラの胸の中にうずもれていたので。
「失礼いたす……。その、水をいただこうと思ってうろついていたのだが……、お邪魔だっただろうか」
髭もじゃで怖い顔の割に腰が低いのは、本日ここにやって来たばかりの大門雷行である。
「ちょっと待っててくださいねぇ」
ノクトはにっこりと笑うと席を立ち……、正確には障壁に乗って移動してコップを取ってくるとハルカの前に差し出す。特に会話もなくハルカがコップに水を注ぐと、ノクトは障壁に座ったまま、先ほどまで自分が使っていた椅子を指し示す。
「こちらどうぞぉ。お酒とか飲めますかぁ?」
「あ、いやいや、お水だけいただければ……」
「遠慮せず、どうぞどうぞぉ」
「いや、しかし」
誰もノクトを止めるものはいない。
ここでノクトを止めると、まるでハルカたちが大門と酒を酌み交わすことを拒否しているような形になってしまうからだ。
エニシが抱き着いたままで固まっているが、カーミラもどうしたらよいかわからず、そのまま後頭部を撫でてやっている。
何度かノクトからの誘いを受けた大門は、やがて「では少しだけ……」と言って椅子に腰かける。
その視線は明らかに変なことになっているエニシへ向けられていたが、今のところはまだ、エニシがあの未来読みの巫女であるとは気づいていないようである。





