品定め
翌日には話を通し、その夜にはハルカのところに出発できるという話が来る。
「私と大門だけが一緒に行きます。ついてきた者たちはこちらで力仕事をさせてください。乱暴狼藉を働かぬようによく言い含めてあります」
乱暴狼藉と言っても、触れ合う相手は基本的にコボルトたちだ。
コボルトたちは無礼なことも言うかもしれないが、侍たちがそこで腹を立てる姿も中々想像が難しい。
「わかりました。ではウルメアに指示を仰いで作業に加わってもらいましょう。ちょっと言葉がきついので、何か問題が起こった場合は短慮を起こさずニルさんに相談するように伝えてください」
「お気遣い感謝します」
他にも必要なものを確認したり、旅の行程を確認したりと、事務的な話を終わらせると、行成はすんなりと仲間たちのもとへと帰っていった。
使命感に満ちた表情が逆に少しだけ不安になったハルカだ。
若いだけに上手くいかなかったときに破裂してしまいそうだとも思う。
大門がうまいことやってくれればいいのだが、一行すべてに余裕がないので、どこまでフォローできるのか微妙なところである。
乗りかかった船というか、漂ってきた船というか。出会ったのも何かの縁だから、必要になれば自分の方からも手を差し伸べなければなと思うハルカである。
出発の日には侍たちも皆城壁の内側に集まってきて、行成の出発を見送る。数日の間に、ハルカが侍たち全員の服をきちんと洗濯してやったので、集まっても臭気は漂わない。
「必ずや成果を持って帰ってくる。皆、ウルメア殿とニル殿の指示をよく聞き、よく働き、気を長くして待っていてほしい。緊急の用があればニル殿に頼んで、竜に手紙を託すのだ。私の方でも特別な進展があればそうしよう」
侍たちが真剣な顔で行成を見送り、コボルトたちがいつも通り呑気に「王様またねー」などと言っている。温度差はあるが、心がささくれている侍たちにとっては、これくらいのんびりした住人たちと過ごす方が精神的に良いだろう。
ナギがぐんぐんと空高く昇っていくと、慣れていない侍二人は、どちらも足元の障壁にへばりつき冷や汗を流す。
初っ端から楽しめるタイプの性格ではないようだ。大門は見た目の割に頭脳派であるようだし、行成も侍にしては思慮深い。常識と現実のずれをフィットさせるのには少しばかり時間がかかるのだろう。
途中ケンタウロスとリザードマンの集落に寄り、それから空の上からでも見つけることができた巨人のグデゴロスに挨拶をする。
その度に、特に巨人がハルカを王として仰いでいる現場を見た二人は、確かにハルカがこの〈混沌領〉の王であることを思い知ったようであった。
大門などは幾度も「あれに勝ったのか……。信じられん」と呟いていた。大門の心臓の安全のために、誰も三対一で勝利した話はしなかったが、聞いていたらさらに仰天していたことだろう。
リザードマンの里ではドルに無事志願したリザードマンたちを〈ノーマーシー〉へ届けたことと、今回の遠征の結果をお知らせする。
ドルは「さすがは陛下。行く先々でいろんな成果を出しますな」と、笑いを堪えていた。ハルカからすれば、半分くらいはそちらのニルさんのせいですと言いたいところだ。
それをグッと我慢していると「ニル様がいつもご迷惑おかけしています」と謝られてしまった。凄まじく頭が切れるリザードマンである。
あの時ドルを倒してさえいなければ、きっと切れ者の王として今も君臨してくれていたのに、と考えるハルカである。
たらればを考えたところで大した意味はないのだが。
〈暗闇の森〉を越え、ようやく見えてきた拠点に着陸すると、わらわらと留守組が集まってくる。
全員がナギの背中から降りると、前に出てきていたコリンが笑う。
「ねー、また人が増えてる。今度はどこで拾ってきたの?」
「拾って……?」
その言い草が大門は気に食わなかったようだが、行成がそれを制して一歩前に出る。
「私、【神龍国朧】の〈北禅国〉、北城家が当主、北城行成と申します。海を漂っていたところ、ハルカ殿に命を助けられました。家の再興を図るため、図々しくもこうして旅の共に加えていただいた次第」
「おー……。丁寧な挨拶ありがとうございます。コリン=ハンです。そっか【朧】の人ね」
「北城だと?」
「ほう、あの海の要塞が落ちたでござるか」
コリンがふぅんと言いながら、脳内でそろばんを弾き始め、【朧】出身の二人がそれぞれ別の反応をする。
「へぇ、侍か……」
興味深そうにじっと眺めていたアルベルトだったが、どうやらリョーガほどに腕が立つわけではないことを察して、すぐに興味をなくしたようだった。
「にしても、結構かかったな」
「ええ。ラミアの一族との交流を図っていました。ええと……色々と話さなければいけないことがあるので、続きは一度荷物を置いてからにしましょうか」
ハルカの言葉をきっかけに、それぞれがやるべきことをするために散っていき、いつもの拠点の様子に戻っていく。
しょっちゅう出掛けてはしょっちゅう帰ってくるのだ。流石にお出迎えも慣れたものだ。
きっと今晩の食事はいつもよりちょっと豪華で、夜遅くには晩酌が始まることだろう。
「お二人の部屋も用意しますので、こちらへ」
留守の間、特に問題が起こっていなさそうなことに安心しながら、ハルカは新入りの侍二人を屋敷へと案内するのであった。





