血の気の多い
しばし怨嗟の言葉を並べる侍たちをそのままにして、落ち着いてきたところでハルカは問いかける。
「今後の皆さんはどうされるおつもりですか?」
「それはもちろん……!」
腕を横に広げ、いきりたつ侍たちを制したのは大門であった。思えば先ほど侍たちが怒っていた時も、静かに腕を組んで目を閉じていた。
「若、いや、殿」
大門がたった一言、主君を呼ぶと、侍たちは静まり返って唾を飲んだ。行動を決めるのは侍たちではなく、今や一族唯一の生き残りとなったであろう北城行成なのである。
「現実的に考えて、船を直し、今この人数で敵討ちに向かったとて、返り討ちに遭うのが関の山だろう。となれば、どこからか兵を借りるほかあるまい。……いずれにせよ、情報を整理せねばなにをどうするかなど決められぬ」
行成は冷静だった。
若く、親を亡くしたばかりだというのに、現実的にものを考えて、できることからこなしていこうという心持ちがある。
ハルカは感心していたが、侍たちはギリギリと奥歯を噛み締めて難しい顔をする。
「若は!」
「殿だ」
勢いよく言葉を吐き出そうとする侍を、大門が一言挟んで落ち着かせる。
「ぐっ、殿はその、それでは兵を調達できねば仇討ちを諦めよとおっしゃるのだろうか」
「そうは言っておらん。確実に仇を討つために必要なことをすると言っている。この行成、父らの仇を討ちたいという気持ちはお主らと変わらぬ。ただ、こうしてついてきてくれた忠義の者を、無駄死にさせたいとは思わんのだ」
「……殿っ!」
何やら納得いったらしく、侍たちは目元を拭って袖を濡らしている。直情的でわかりやすい性格である。
ハルカがぼんやりとやりとりを眺めていると、イーストンがこっそりとハルカに近寄って耳打ちをする。
「一旦、あの行成さんと大門さん以外は話から外した方がいいかもね。血の気が多すぎるよ」
ハルカはそれに小さく頷く。
実は大門がそのように配慮してほしいと、目配せをこっそりし続けていたのだが、ハルカがキャッチできていなかったのであった。
気づいたイーストンによる、仕方なしのご注進である。いつもだとコリンの役割なので、少しばかり遅れてしまったのはご愛嬌だ。
「ハルカ殿、何から何まで申し訳ないのだが、こちらの大陸の情勢などを教えていただくことはできぬだろうか」
改めてそのつもりで見てみれば、行成からもそれとない目配せ。
「……わかりました。長い話になりそうですね。ウルメア、皆さんに泊まる場所を用意することはできますか?」
「この辺りの家は余分に作ってある。端の方の家は作っただけで誰も住んでいない。必要なら使えばいいだろう」
言われてみれば手前の方の家には、木の枝が立てかけられていたり、魚が干してあったりするが、奥の方は何もなく閑散としている。
多少強引ではあるが、侍たちには一度解散してもらう必要がある。
「というわけですので、行成さんと大門さんには残っていただいて、他の方はご自分の今日泊まる場所を決めてください」
行成がハルカたちにだけ見えるようにホッとした表情を浮かべる。気を張っているが、やはりまだまだ若いので、侍たちをコントロールするのはなかなか難しいのだろう。
「ご厚意に甘えさせてもらおう。何か気をつけるべきことはありますか?」
「そうですね……。近所にはコボルトや人魚が住んでいますので、くれぐれもケンカなどないようにお願いします」
「お前たちが私の頼りだ。北城家のため、しっかりと英気を養ってくれ」
うまいこと侍たちを乗せてやれば、彼らは「おうおう」と涙したり、とか「そうだな……」としんみりしたり、「若、立派になって……」と鼻をすすったりしながら解散していった。
彼らが十分に距離をとったところで、大門が申し訳なさそうに頭を下げながら口を開く。
「どれも武芸では一流を誇るのだが、どうにも短絡的な者ばかりで……、いや申し訳ない」
「いえ、お気になさらずに」
ハルカがいつも付き合っている冒険者たちもあんなものだし、侍については事前にとんでもない話ばかり聞いていたので、想像していたより幾らかましだ。
「しかし、地図があった方が説明しやすいですね。……一度、上の街へご案内しましょう。侍の皆さんに、その旨を伝えてきてもらえますか?」
「上の街、ですか?」
「はい。坂を登っていくと〈ノーマーシー〉という街があるんです」
「なるほど、ぜひお願いいたします」
大門が街へ向かうことを告げると、護衛をすると侍たちによってまた一悶着はじまったが、最終的に大門が雷鳴のように怒鳴り散らしたことで静かになった。
助けてくれたハルカ殿を疑うのか、とか言っていたので、これでもし行成に擦り傷一つでも作らせたら大事である。
帰り道はナギの背に乗らず、坂道を歩き、その頂上に建てられた門をくぐり、畑の隙間を通って、街へと入る。
坂道の左右の切り立った崖や、その上にある門を眺めた行成は「堅牢ですね……」と呟いた。
ハルカはここを歩いた時何も思わなかったけれど、やはり戦いに身を置く人から見れば、攻めにくく守りやすい地形のようである。
二人は広がる畑にも、たくさんのコボルトたちにも、街の広さや、待機する竜たちなど、全てのことに驚き感嘆の声を漏らす。
「まだまだ広がりの余地がある良い街ですね……。ハルカ殿、この国はもしや【独立商業都市国家プレイヌ】という名でしょうか? 大陸では新しい国が起こったと北禅国にも伝わっておりました」
大きな勘違いである。
その国ならばできてからすでに百年が経過しているが、一千年以上にわたり戰を続けている【神龍国朧】にしてみれば、よちよち歩きの赤ん坊なのだろう。
「いえ、ここは【プレイヌ】から見て、さらに東にあります。私たちが〈混沌領〉と呼び、破壊者たちが暮らしている地です。国の名は……ありませんが、その辺りのことも地図を見ながら説明を……」
「ハルカ殿?」
「いえ、説明します、はい」
事情を説明してしまうと、この若様に口止めをしなければいけないことにハルカは気づいた。
一瞬躊躇ったハルカであるが、ここまできて教えませんというわけにもいかない。どうしたものかなと、頭を悩ませながら少しだけ歩調が緩くなってしまうハルカであった。





