第二ブロック
僅か十五分程度の試合であったが、会場の盛り上がりは凄まじかった。興奮冷めやらぬ観客はあちこちで唾を飛ばしながら今の試合の話をしている。
財布の紐も緩くなって、売店では飛ぶように商品が売れていく。まさに祭りの様相だった。
一試合が終わるとインターバルには催物も開かれるようだ。暫くして会場が落ちつきはじめると、選手たちがいなくなったステージに音楽隊が上がり、楽器を奏ではじめる。
世界を渡っても、音を奏でるという目的で作られた楽器は、日本で見たことのあるものと形が似通っていた。
勇ましい演奏は今の試合の余韻を残しながらも、次の試合への期待を掻き立てる。
予定では午前に二試合、午後に二試合、それが二日間行われる。アルベルトの試合は第二ブロック、次の試合だ。
アルベルトは緊張していないだろうかと、ハルカはソワソワ体を揺らした。
「まるでハルカがこれから試合に出るみたいね」
コリンがハルカの膝に手を置いて笑う。
祭りの盛り上がりとは裏腹に、冬の曇天で会場が冷えており体を寄せあっていたから、ハルカが動いていることにすぐに気がついたようだ。
「アルは勝てるでしょうか?」
「そればっかりね」
「心配なんです」
「必ず勝てる試合なんてないですよ」
ぼーっと演奏を眺めながら告げるモンタナに、ハルカはハッとする。それはそうだ、百人からいる選手全員が勝つためにステージに上がるのだ。
勝負事に絶対なんて存在しない。
「そうですね……。勝てるように応援しましょう。それから、怪我なく戻ってきてくれることを祈ります」
「死ななきゃハルカが治せるでしょ」
「そうですけど、怪我なんてしないにこしたことはないですから」
先ほどの第一ブロックでも明らかに大きな怪我を負っているものが幾人もいた。トーナメントに進む選手に関しては治癒魔法がかけられるそうだが、そうでない選手は自己負担になるらしい。
そう考えるとやはりこの祭りに出場するのは、勇気のいる決断になるだろう。冒険者は刹那的でその日暮らしの者も多い。休業するとその間の収入がなくなり生活が苦しくなる。後遺症など残ったら廃業も考えなければいけない。人生をかけて臨んでいる者も少なからずいるはずだった。
やがて第二ブロックの選手入場がはじまる。ステージに上がるアルベルトを最初に見つけたのはモンタナだ。指をさして他の二人に居場所を教える。
アルベルトは幾分か動きが硬いようにも見えるが、体を伸ばして観客席を見渡していた。ハルカたちがいるあたりで一度視線を止め、にっと笑う。
遠くにいるのでアルベルトから三人の様子はよく見えなかったが、どうせハルカがハラハラとして自分のことを見ているのだろうと思うと、面白くなって体の緊張がほぐれた。
作りかけの横断幕は持ってきていないようで一安心だ。
次々と注目の選手が紹介されていく中にアルベルトの名前は入っていない。冒険者になってまだ一年も経っていない新人なのだから当然だったが、それを不満に思うアルベルトは周りで紹介に手を上げて応える選手を睨みつけた。
そいつを最初に倒して鼻を明かしてやろうかと思ったが、モンタナの言葉を思い出して首を振った。
モンタナは幾度もこの祭りを観戦したことがあるらしく、アルベルトに色々とアドバイスをしてくれていたのだ。
序盤で大切なのは目立たずに無難に乗り切ること。
モンタナに何度も注意されたことだ。そういう立ち回りはあまり気に食わなかったが、トーナメントに残れないなんていうのはもっと気に食わない。
注目選手から離れるように、できるだけ人の少ない位置を探して目立たないように移動をした。
司会の変な髭の声が会場に響き渡り、ドラの音が空気を震わす。アルベルトは剣を握りしめて不敵に笑った。心配ばかりしているであろうハルカに、自分が強いというところを見せつけてやろうと思っていた。
アルベルトがその性格に似合わずに無難に立ち回っているのを見て、ハルカは目を丸くした。彼のことだから一番激しい戦いが発生しているところに乗り込んでいくとばかり思っていた。それが始まってみれば場外間際で他の選手を躱したり、切り結んでも数合で他の者になすりつけたりと、実に賢い戦い方をしている。
もちろん実力があるからできることなのだろうが、実に危なげがない。
「ですです」
モンタナが得意げにうなづく。
「あ、モン君もしかして入れ知恵した?」
「したです」
「あぁ、なるほど、そういうことでしたか」
三人ともアルベルトに対する認識は一緒で、何も言わなければ最前線に突っ込んでいくと思っていたのだ。彼はそこまで猪武者ではなかったが、仲間内にいるとどうしても前線に走ることが多いので仕方がなかった。
第一ブロックの試合と同様に、人数が減っていくにつれ膠着が生まれる。残っている者が厳選され、一人ずつの実力が拮抗し始めるからだ。
残り十数人となったが、その中でもアルベルトは一際若い。同年代のものと比べて彼の実力が抜きん出ていることの証左だろう。
じりじりとした戦況に、アルベルトが焦れているのがわかる。上から見ているとわかりやすいのだが、一番動きが大きいのがアルベルトだ。
じわじわと隣にいる選手との距離を詰めているのがわかった。
アルベルトが突然弾けるように駆け出し、猛然と隣の大男に切り掛かる。それに気づいていた男も、振り下ろされた木剣を弾くように、下から上へと武器を振るった。
戦いが始まったのをみて、一斉に他の選手も動き出す。手の空いた選手の一人が、音も立てずに移動し、打ち合うアルベルトたちの方へ向かっているのが見えた。
アルベルトの側頭部に向けて、後ろから武器が横なぎにされる。
「危ない!」
ハルカが思わず叫んで立ち上がったが、そんな声が彼に届くはずはなかった。
なかったはずであるのに、アルベルトはひょいと身体を落としてそれをよける。そのまま身体を一回転、木剣を後ろにいた選手の足を掬うように薙いで、相手をよろめかせた。
立ち上がるのと同時に、その男の鳩尾に木剣の柄をめり込ませ意識を奪い、そのまま襟元を掴み、直前まで対峙していた男へ引き倒した。
二人の選手がぶつかり合い、もんどりうって倒れたところで、アルベルトは倒れた男の側頭部を蹴り飛ばす。
周囲にはもう他の選手はいない。ステージにはアルベルトと同じように、少数戦に勝利した選手が一人、他二箇所に今まさに切り結んでる選手がいる。そこの戦いに決着がつけば立っている選手は四人だけになるはずだ。
注目を集めていなかったからとはいえ、怪我ひとつない見事な勝利だった。
アルベルトはニンマリと会心の笑みを浮かべ、ハルカたちの方に向けて手を振った。