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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
漂った先にあったもの

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長い航海

 まだ港としてはまともに機能していない湾だから、船から降りるには長い渡し板が必要だ。

 ハルカが障壁で船と陸とをつなぐと、侍たちは胸を張って、緊張した様子で船から降りてくる。珍しいもの見たさもあるのか、怖いくせにコボルトたちも障害物のすぐ近くで待機しながら、遠巻きにその様子を見ていた。

 海を見てみれば人魚たちも同様に顔を覗かせている。

 

 一応炊き出しのような事をコボルトたちがしてくれているのだが、完全に手が止まってぽけーっと侍たちを見始めてしまったので、業を煮やしたウルメアがつかつかと歩いていくと、あれしろこれしろと指示をはじめる。

 コボルトたちもウルメアに言われるとはっとした顔をして、鍋をぐるぐるとかき回し始める。しかししばらくするとまた手を止めてしまうので、結局ウルメアが焦げないように鍋の世話をする羽目になった。

 ぶつくさと何か文句を言っているが、言うことを聞かないからといって怒って暴れたりはしないようだ。


 最後に大門に支えられながら、行成が下りてくると、侍たちはそれを眺めながら、目頭を熱くしたり、鼻をすすったりしている。

 よっぽど行成が回復したことが嬉しいようだ。

 行成は到着すると大門の肩を叩き、心配そうにする髭の大男から離れてシャンと背筋を伸ばす。


「この度は上陸の許可を頂きありがとうございます。怪我を治していただいたばかりか、歓待の用意までしていただき、まこと、感謝の念に堪えませぬ。いつかこのご恩は必ずお返しいたしまする。ただ今は空手形にて、我らを兵士の一人として手足のように使って下されば幸いにござる」


 ハルカは、おお、なんだかんだござるはでるんだ、と見当違いの感動を最後にしてから、はっとした顔をして首を横に振る。


「なにやら大変な事情があるとお聞きしています。まずはゆっくりと体調を整えて、今後どうするかを考えましょう。できることがあれば、私たちの方でも協力いたしますので」

「かたじけない。しかし……」

「行成さん、お食事をどうぞ。皆さん、お腹を空かせているでしょうから」


 侍たちがどよめく。

 若の言葉を遮った、とか、侍は食わねど生きていけるのだ、とかよくわからないことを言っているが、腹の虫がさっきからうるさすぎる。


「静まれ」


 静かな、しかしはっきりとした行成の言葉が聞こえた瞬間、侍たちはぴたりと口を閉じる。


「陛下にも、この国の住人にも、一切の無礼を働くな。命を救ってもらった恩を忘れるような輩は私の配下にはいないな?」


 侍たちはきゅっと口を結んで「おうっ!」と一度だけ返事をする。

 強面たちが優男風の行成に従っているのを見ると、なんだか少しだけ面白い。


「行成さん、私のことはハルカでいいですからね。仲間たちもみんなそう呼びますし」

「しかし……、あちらの住人たちは『王様』と呼んでいるし、そちらの屈強な鱗の御仁も『陛下』と」

「あまり仰々しいのは得意じゃないんです。そう呼ぶ方が気楽ならば構いませんが、そうでないのなら是非名前を呼んでください」


 ちょっと偉い身分の人に、これから話をするたびに陛下陛下と呼ばれるのはハルカの方の気が引けてしまう。その程度の理由から何の気なしに申し出たことだったが、なぜか行成はためらいを見せてから頬を赤らめて目を泳がせる。


「では、その……、これからはハルカ殿とお呼びいたします……」

「はい、ではそれでお願いします」


 イーストンやモンタナ、それにユーリやカーミラまでがチラリチラリとハルカの顔を見る。何が言いたいのかは、流石のハルカも察した。

 丁度、コリンがいなくてよかったなぁと、思っていたところである。


 形式的な挨拶を終えたところで、まずは侍たちに腹を満たしてもらう。

 食事を渡す係は、偉そうなウルメアが受け持ち、コボルトたちは侍たちの観察を続ける。

 危険な人物たちでないというのがだんだんわかってきたのか、食事をしている侍たちへ少しずつ距離を縮めて、気付けば数メートルのところまで近づいてくるようになっていた。


 しばらくすると一人のコボルトが走ってきて、ハルカの前でぴたりと止まって無邪気に報告する。


「王様、あの人たちくさい!」


 ハルカは慌ててそのコボルトを抱きかかえて口元を押さえる。

 聞こえてるか聞こえていないか微妙なところである。


 そりゃあ長いこと漂うだけの航海をしてきたのだから、多少臭うのは仕方のないことである。しかしおじさん相手にくさいは禁物である。

 言いに来たコボルトは遊んでもらってると思っているのか、きゃっきゃと喜んでいるけれど。そしてハルカの苦労はむなしく、既にほかのコボルトが侍たちに近付いて言っており、その口から「みんなくさいね!」という言葉が放たれていた。


 ハルカはカチンとその場に凍り付いたが、言われた髭面の侍は口の中に入ったものを飲み込むと、じっとコボルトのことを見つめて「ぶはっ」と噴き出して笑った。


「そうか、くさいか! お前らは犬に似ていて鼻がよく利きそうだものな! すまんな、嫌だったら離れておれ」

「別に嫌じゃないよ」

「そうかそうか、一緒に飯を食うか?」

「さっき食べた」

「はぁ、そうかそうか!」


 どうやら動物好きだったのか、撫でたそうにうずうずと手を動かしているが、コボルトたちは一定の距離から近づかない。

 とにかく、無礼討ちとかにはされなさそうなのを確認し、ハルカはほっと胸をなでおろすのであった。


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― 新着の感想 ―
>なぜか行成はためらいを見せてから頬を赤らめて目を泳がせる。 命の恩人で美人で優し気で高貴な身分で胸が大きい女性に名前で呼んでくれと言われたら 初心な少年は指先ひとつでDOWNというわけですね わかり…
コボルトの無邪気さを受け入れられるなら仲良くできそうだ。
ノーマーシーにも立派や風呂が出来そうだな
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