北城行成
ハルカが大門と力比べをしながら困った顔をしていると、若と呼ばれていた男性が、身動きして目を開けた。
「ほら、大門さん、若様が目を覚ましましたよ」
「なんと!」
跳ねるようにして移動した大門を見た若様は、大げさな動きが面白かったのか噴き出すように笑ってから、自身の左腕を撫でた。
「これはどうしたことだ? 左腕はもう諦めていたのだが……。もしや私はもう死んだのかな?」
「何を縁起でもない! こちらにおわす方が、魔法を使って治してくださったのです!」
「なんだ、地獄まで付き合ってくれたわけではないのか。大門ならあり得るかと思っていたのだが……。さて、どうやら知らぬ間に大恩を受けてしまったようだ。床の上からで申し訳ありませんが、私は北城家嫡男、北城行成と申します。命を救って下さったあなたのお名前を頂戴できませんか?」
上半身を起こしただけの行成は、柔らかな表情を浮かべて、丁寧な口調でハルカに尋ねる。どう答えるべきかと、ハルカは少しだけ悩んでから、ここでの身分だけを明かすことにした。
「まず私は、ここ〈混沌領〉に暮らすいくつかの種族をまとめている王をしています、ハルカ=ヤマギシです」
「これは、ますますこんな状態で話しているわけにはいきませんね……」
姿勢を正そうとする行成を、ハルカは言葉で抑制する。
「いいえ。先ほどまで生死の境をさまよっていたのですから、無理をしないでください。話は十分に元気になってからで結構です。必要なものは用意させますので、落ち着いてからそちらの話を聞かせてください。大門さん、それでいいですね?」
「かたじけない」
「他にけが人は?」
「若ほどひどいものはいない」
「……全員見ます、案内してください。あなたは、まずは体力を戻すようお願いします」
ハルカは立ち上がろうとした行成を制して、大門を連れて部屋を出た。
多用している修復力を促進するやり方ではなく、ノクトのやり方を参考に治したため少しだけ心配だ。とにかく今は、精神も含めてゆっくりと休んでもらいたい。
大門に案内されて他にも数名の怪我を治療してから甲板へ戻ると、外で待機していた侍たちがどよめいている。
ハルカが顔を覗かせると、ナギが坂の下に陣取って、じーっと船を見つめていた。
【神龍国朧】にはナギのような飛竜は住んでいないので、驚くのも無理はない。
どうやらナギの背に乗って仲間たちがやってきたようで、陸にはずらりとみんなが並んでいた。
ナギの横には中型飛竜が一頭、きょろきょろとコボルトが歩き回るのを見ながら待機している。そういえば、いの一番に駆け付けたニルの横には、中型飛竜が待機していた。
ほんの数日離れていただけなのに、どうやらニルはあっという間に中型飛竜と仲良くなって、背に乗せてもらってきたようである。
「あれはうちの子ですから心配しないでください。とりあえず、そうですね……、ちょっとの間このまま待機でお願いします」
ハルカ個人としてはさっさと陸に上げて食事をさせてやりたいが、一度ぐっとこらえて空を飛んで陸へ戻る。何せハルカはあまり自分の観察眼というものを信用していないから、一応他の仲間たちの意見も聞いておきたいのだ。
「ウルメアは彼らを信じてもいいと思いますか?」
「信じないならそもそも治療なんてしなきゃいいだろ」
「それとこれとはまたちょっと話が別と言うか……」
「なら知らん。…………まぁ、事情もありそうだし、すぐに悪さをすることはないのではないか?」
好き勝手連れまわされて、じろじろと侍たちから観察されたウルメアは少しばかり不機嫌だ。それでもきちんと質問に答えているのが、ウルメアの真面目でいいところである。
「ありがとうございます」
陸へ戻るのと同時に礼を言って、ウルメアを障壁の中から解放する。途中から慣れてきたのか、顔色は出かけよりもちょっとだけ良くなっていた。
「【神龍国朧】の船だね。あの家紋は北城家かな?」
眼をしょぼしょぼさせているイーストンが、確認を取るようにハルカに尋ねる。
あちらからイーストンが生まれ育った【夜光国】という言葉が出た通り、イーストンは使節として【神龍国朧】を訪ねたことがあるのだ。おそらく大陸で暮らす大部分の人よりも、【神龍国朧】について詳しい。
「マグナス公爵が何かしたようで、北城家の人たちは逃げてきたそうです。嫡男の行成さんという方は、左腕に酷い怪我を負って、腐り落ちかけていました。食料も水も足りず、流されるままにここへたどり着いたそうです」
「生きてたですか」
マグナス公爵を知っている者は、めんどくさそうに僅かに表情をゆがめる。
ハルカたちは、彼が色々とやっていたおかげで、冒険者としての経験を多く積むことができた。それすなわち、あれこれ迷惑をかけられたということである。
「陛下はどうされたいのだ」
マグナス公爵のことをよく知らないニルが尋ねると、ハルカは一応頭の中でまとめていた回答をそのまま並べる。
「陸に上がってもらった方がいいのかなと。船の修理も必要そうですし、すぐに国元へ帰れそうな気配もありません。一度皆さん立会いの下、じっくりと話を聞かせてもらいたいと考えています」
「ふむ、ではそうするか」
ニルが頷くと、他の仲間たちも特に異論なく頷いた。
こうまで認められてしまうと、ハルカとしては逆にちょっと不安になってくる。
「あの、本当に大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃなかったら、皆で何とかするですよ」
モンタナに言われたハルカは、まぁそれもそうかと頷く。
ドワーフたちを送る約束もしているから、どっちにしろあまり日数はかけられないのだ。だったら先にこちらから信用をして、相手からも信用をされるような交渉を進めていきたいハルカであった。
今日も新作の『九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん』、ガシガシ更新しています。
みてねみてねみてね!!





