土下座侍
メリメリと音を立てる船の外壁に、表情がひきつるのを怖い顔をすることで我慢しながら、一人の侍がハルカに忠告する。
「もう少しこちらの、丈夫そうな箇所をだな……」
「こちらですね、はい。ああ、確かにその方が良さそうです」
怖い顔をしているなぁと思いながらも、ハルカは普通に応対をする。
冒険者を長いことしていると、流石に怖い顔くらいではなかなか動揺もしなくなるのだ。
というか、怖いのは乗組員の侍たちの方である。
空を飛んでいる魔法使いが、出力を上げて一人で船を押しているのだから、これはもう異常事態だ。
「おい、そろそろ速度を緩めないと……!」
「あ、そうですね、はい。よいしょ、っと」
「おい! 船が、竜骨が折れる!」
「ええと、はいはい」
挙句の果てに空の上で急停止して、無理やり船を止めようとするものだから、船首がめきめきと音を立てる。普通腕の方がおかしくなりそうなものだが、本人は平気な顔をして『はいはい』とのんびり返事をしているのだから恐ろしかった。
結局柔らかめの障壁を正面に配置して船を無事に接岸させたハルカは、うまくやり切ったような顔をして、錨を下ろしている船員たちを見守った。
「おーい、陛下! なんだこの船はー!」
陸から声をかけてきた巨大なリザードマン、ニルを見て船員たちはぎょっとする。
その図体の大きさもそうだが、彼らはリザードマン自体を初めて目にしたのだ。
「漂流していたみたいです! 【神龍国朧】の〈北禅国〉からいらっしゃったとか。食料と水の準備をお願いします!」
そして応答したハルカにまた仰天する。
今まで相手取っていたのが、陛下、と呼ばれる存在であることを初めて知ったからだ。
陛下ということはすなわち、国を治める王である。
まさかそんな身分を持つものが空から現れて、気軽に船を押しているとは思わない。
注目を集めているのに気づいたハルカは、船員たちの方を見て安心させるように微笑む。
「すぐに必要なものを持ってきますから。上陸だけ少し待っていただけますか? 他の仲間たちとも話したいことがありますので」
「……先ほど陛下と聞こえたのですが、まさかあなたはどこかの国の王であらせられましたか?」
かすれた声で大門がかしこまりながら尋ねる。
少なくとも現場にフットワーク軽くやってくるのだから、国の重鎮レベルではないと考えて対応していたのだ。相手が王となれば話は違ってくる。
「……この半島に住む一部の者たちの代表のようなものです。それほどかしこまらずとも構いませんので」
気にしていないのを確認してほっとした大門は、更に加えてお願いを申し入れる。
「であれば、図々しいのは百も承知で、医者をご用意願いたく。実は奥に重傷人がいるのです。早く治療せねば命にもかかわりかねませぬ」
「案内してください、診ます」
「あなた様は医者ですか?」
「違いますが、治癒魔法を使えます」
「こちらへ!」
治癒魔法と聞くや否や、大門はハルカを先導して小走りで移動を始める。
冷静なようでいて、大門もかなり焦っているのだ。
見せると決まっては、もうそれを隠す気もなかった。
船についている小部屋の一室のドアが開くと、そこからむわっと腐敗臭が漂い溢れてくる。寝床には精一杯の布が集められ、そこには十代半ばほどになろうかという男性が横たわってうなされていた。
顔は赤く、息は荒い。
血のにじんだ包帯が巻かれた左腕は酷く腫れており、右腕よりも一回り以上は大きくなっていた。
「患部を見せてください」
ハルカが言えば、大門は素直にそれに従う。
「若、少々痛みまする……」
大門の言う通りで、包帯がはがされるたびに意識がもうろうとしている若者から呻く声が漏れる。べりべりと音がするようにはがされて露わになった腕は、すでに刀傷を中心として半分腐りかけているようだった。
ハルカは近寄ると、膝をついて患部に手をかざす。
健康な状態はわからない。
この腕が、まだ元気に動く頃に戻ればいい。
ぼんやりとした光が変色した腕を包みこみ、間もなく、それがゆっくりと色を変え、肉が縮まり、鍛えられた綺麗な腕へと戻っていく。
ハルカは腕の様子と若者の顔を確認し、ほぅっと息を吐いて立ち上がった。
「……大丈夫でしょう。皆さんもそうですが、よく見れば随分と痩せているようです。消化のいいものから食べて、体力を取り戻してください。そんな状態でよくあれだけの威力の矢を放てましたね」
ハルカが振り返ると、大門は若者に駆け寄り、がくりと膝をついてから体を揺らし、笑いながら涙をぼろぼろとこぼし始める。
「若……! よくぞ頑張り申した。良かった、本当に良かった……」
しばらくそうしていた大門だったが、やがて振り返ると勢いよくその額を床に打ち付ける。
「まこと、感謝しかない。あなた様のお陰で、北城家の命脈がつながった……! まっこと、まっこと、ありがたい……!」
一言もらすたびに、額を床に打ち付ける大門に、ハルカは慌ててしゃがみこんでそれをやめさせようとする。
「やめましょう。話は皆さんが元気になってから聞きますから。そんなに頭を下げないでください」
「まっこと、まっこと、まっことに……!」
言っても聞かない大門に手を伸ばし、上へ戻ってきたタイミングでハルカは出血している額を押さえ、治癒魔法を使った。
「けが人を増やさないでください」
「も、申し訳なくっ、ぐ、ぐお」
「だからやめてください」
髭だらけの顔をゆがめた大門は、どうしたらいいのかわからないのか、情けない顔をゆがめてハルカにまた頭を下げようとする。しかし、つっかえ棒をされたように動かせない頭に、先に下ろした手だけをあわあわと動かしたのであった。
新作あげてます……!
よろしくお願いします……!
今ならまだ3話しかありません! 今日中に6話になる予定なので気を付けてください。
〈九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。〉
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