海からの来客
翌る日の昼間のことだった。
「大変、ウルメア、大変」と言いながら、コボルトが一人、とっとことっとこと監視塔の中から飛び出してきた。
エターニャの案内をしていたウルメアは、足を止めてやってきたコボルトを観察し「海だな」と呟いた。
「あ、王様だ」
「はい、こんにちは。私のことはいいので報告どうぞ」
「うん! ボロボロの大きな船が来てる!」
「すぐ行きます。一緒に来てもらっても?」
「わかった。お前はニルに同じことを伝えろ。ハルカと私が一緒に海へ向かったこともだ」
「うん!」
「すみませんがエターニャは待っていてください」
「はぁい」
ハルカはウルメアを障壁で囲み、共に空へ飛び立つ。
「どこの船でしょうか。これまでこういったことはありましたか?」
すぐに返事がないため様子を見ると、ウルメアは顔を真っ青にしている。障壁には何かとトラウマがあるので当たり前だ。これに関しては配慮しなかったハルカが悪い。
「あの、おぶっていくのと、抱き上げるのどちらがいいですか?」
「……このままでいい。今まではなかった。だがこの時期の海流と風なら、やってきてもおかしくない」
「なるほど、急ぎます」
緊急事態なのでウルメアには少しばかり我慢してもらい、ハルカは現場へ急行する。
到着すると湾の中には確かにボロボロになった中型の船が浮いていた。大きさはナギよりは小さいが、中型飛竜よりは大きい。
船縁には矢が突き刺さっており、乗組員たちが独特な形をした弓を構えて辺りを警戒していた。
コボルトたちは小屋の陰からそっと様子を窺い、人魚たちが時折波の隙間から船を覗き見ている。
彼らはハルカが空からやってきたことに気づくと、すぐさまそちらを向いて矢を放った。ほぼ同時に放たれたそれの速度は、大陸で見る弓のものよりもかなり速く、威力もありそうだ。
気づくのとほぼ同時で、船乗りたちの練度が窺える。いくら威力が強くても、障壁を突き破るほどではなかったようで、何もないように見える空中で障壁にぶつかり海へと落ちていく。
ハルカが矢の行方を見ているうちに、船員たちはすでに二の矢を継いで待機していた。
「誰も怪我をしていませんか!?」
まず呼びかけたのはコボルトや人魚たちに対してだった。沖の方で海面に姿を現した人魚が腕で丸をつくり、丘からは「だいじょぶー」と息の合わない合唱が聞こえてくる。
人魚もコボルトも好戦的ではなく、積極的に多種族と対話を試みようとするタイプではなかったのが功を奏したようだ。
ハルカは高度を下げて、船の乗組員たちと目線を合わせて距離を詰める。
「武器を下ろしてください。次に攻撃があった場合、即座に船を沈めます」
相手の矢による攻撃に影響されてか、ハルカが選択した魔法はファイアアローであった。無数の火の矢が上空に出現すると、乗組員たちは苦々しい表情を浮かべて頷き合って武器を下げた。
「話をしましょう。そちらの目的は?」
相手の同意を得ずに質問を投げかける。
いつもであればもう少し余裕を持たせるところだが、どこの誰とも知れぬ武装した相手だ。あまり悠長なことを言ってられないことはハルカもわかっている。
「物資の補給がしたい」
「どこの所属ですか」
「……ここはディセント王国の土地か? それとも夜光国か?」
「……どちらでもありません」
「ではどこだ」
「先にそちらの所属を」
「……身の安全を保証してもらわねばできない。それがないのであれば、このまま立ち去るので見逃してほしい」
この場所を知っている者を、事情も聞かずに追い払うのは賢い選択とはいえない。ハルカは目を細めてしばし考えたのち、まずは相手の情報を集めることにした。
まずは魔法を消して、戦闘を継続する意思がないことを示す。
「これでいいですか?」
「一つだけ答えてくれ。あんたたち、マグナスという人物について心当たりは? かつて大陸に住んでいた壮年の男だ」
曲者の雰囲気を漂わせていたあの男は、どうやらうまいこと逃げ果せていたようだ。ということは、おそらく王国で死亡が確認されたのは影武者だったのだろう。
嫌な名前を聞いてしまったハルカは、顔を顰めて正直に答える。
「……あります」
「関係は?」
「敵対していました」
「…………信じるぞ」
顔中髭だらけの赤ら顔の男は、グッと口を強く結んでから大音響で名乗りをあげる。
「わしは〈北禅国〉の家老、大門雷行と申す! 恥ずかしながら戦に敗れ、再起を図るために若殿を連れて海へと漕ぎ出した。その際の攻撃激しく、櫂を失い、帆も傷み、操船うまく利かぬ中、運よくここへ辿り着くことができた。あの痴れ者を敵というのであれば、どうか慈悲をかけていただけないだろうか!」
食料も水もつき、挙句重傷者まで載せているこの船は、すでに限界をとっくに超えていた。立ち去るなんて偉そうなことを言ったが、ここを離れれば数日ともたずに全滅するところである。
「侍か……。奴らは乱暴で碌でもないと聞くぞ」
いやそうな顔をしたウルメアは、かつての自分のトップから聞いた話をハルカに吹き込む。それは確かに侍の一側面でもあった。
「そうとも聞きますが、義理や人情を重んじる者も多いとも聞きます」
「……好きにしろ」
忠告をしただけで、ウルメアははなからハルカの方針に逆らうつもりはない。それは自分の役目ではないと、ウルメアが考えているからだ。
「……岸に寄せてください」
拳を握りしめ、奥歯をギリギリと噛み締めて二人の語らいが終わるのを待っていた大門は、精一杯の虚勢で大声を上げたせいで掠れた声を絞り出した。
「かたじけない……」
それからさらに情けなく眉尻を下げて続ける。
「すまぬが、手伝っていただけぬか。錨を上げても、航行は風に任せるしかないのだ。情けないことに、自分たちだけでは接岸もできん」
「あ、はい」
本当に恥ずかしく思っているようで、いかつい船員たちはすっかり俯いて元気をなくしてしまっていた。
ハルカは近寄って後ろに回りこむと、両手で船を押して、ゆっくりと岸へ寄せてやるのであった。





