役割分担を
ハルカとしては種族間の自由恋愛を禁止するつもりはない。
それどころか、仲良くしてくれるならば願ったりかなったりだ。
ヴィランテが一目ぼれしようと、ルチェットが戸惑っていようと、流石にそれは王様がどうにかする仕事ではない。
「ええと、私たちは明日には〈ノーマーシー〉へ帰りますが、お二人はご自由にどうぞ。一応お願いとして、ヴィランテさんは魅了の魔法を使わないことと、ルチェットさんは受け入れるにしても、一度きちんとお仲間の方々に報告だけするようお願いします」
「わかりました」
「気が早えんだよ……」
「色々とお話聞かせてもらえませんか?」
「……俺の何がいいんだよ、こいつ」
ぼやきながらも好かれること自体には抵抗がないらしく、ルチェットは近寄ってきたヴィランテをそのまま受け入れていた。
蛇と鳥なんてあまり相性が良くなさそうだが、種族的にはあまり関係ないらしい。
すでにラミアたちのところで平和に暮らしているガルーダの存在を知っているからこその余裕もあるだろう。
話を聞くまではもっと警戒心を強く持っていたはずだ。
ハルカと出会ってから次々と見聞きした異常事態のお陰で、妙なことには慣れっこである。
二人は夜遅くまで話をしていたようだけれど、ヴィランテは聞き役に徹しているようであった。気持ちよく話をしているルチェットの声を聴きながら、これは案外お似合いなのかなと思いつつ、ハルカはその日を締めくくった。
翌朝、ハルカは障壁の魔法で食料を地下へ搬入し、その間に仲間たちは出発の準備を整える。
念のためこの辺りにも中型飛竜たちのための休憩所を用意してもいいが、どちらにせよ移動ルートに慣れさせてからでないと意味がない。もし作るのであれば、中型飛竜たちと共にきて、この場所を覚えさせてやる必要があるだろう。
「では、私たちはこれで。ルチェットさんも良いところで山に報告をお願いします」
「ハルカたちが出たら俺もすぐ行くって」
「そうですか?」
二人はすっかり仲良くなっていたけれど、ルチェットはぶっきらぼうな割に仲間思いで真面目な性格をしているのだ。元の目的を忘れたりはしていない。
「んじゃあまぁ、春にでもまた来てくれよ。その時には〈ノーマーシー〉で暮らしたいって奴見繕っとくぜ」
ルチェットが意気揚々と宣言すると、ヴィランテもそれに続く。
「その時はこちらにも寄って下さい。私たちの中にも……、街へ行きたいものはいるかもしれませんから」
「はい。あまり急ぐ必要はないですからね」
そういうものの、もしルチェットが〈ノーマーシー〉へ行くと言えば、ヴィランテもついてきそうな雰囲気がある。街としては賑やかになるし、話の分かる若い世代が増えるのは歓迎すべきことだ。
ナギの背中に乗っての帰路は、ハルカたちにとって慣れたものだったが、新たに加わったエターニャにとっては初めての経験だ。
何事にも動じなさそうな彼女は、端の方へ行って当たり前のように流れていく景色を見ながら「あらぁ……」と呟いている。しかししばらくすると、モンタナに手を引っ張られて真ん中までのんびりとやってきて、ごろりと寝転がるような体勢になってしまった。
「どうしたの?」
ユーリが伸びてしまったエターニャを見て尋ねると、顔を青くしているエターニャの代わりにモンタナが答える。
「速度か高さが怖かったみたいです。固まって動けなくなってたですよ」
「ちょっとびっくりしちゃってぇ」
やはり怖い人は怖いらしい。
空の旅の途中、段々と慣れてきたエターニャとイーストンが話をしていた。
互いに父親が吸血鬼である者同士思うところがあるのか、それなりに話は盛り上がっていたようである。
どうやらエターニャも吸血鬼の特性を多少受け継いでいるらしく、昼よりは夜の方が調子がいいようだ。それでもイーストン程だるそうにはしていないので、この辺りは遺伝も個人差があるのだろう。
意外な反応に少しばかり驚くこともありながら、一行は概ね平和な空の旅を終えて〈ノーマーシー〉の上空へと戻ってくる。
今回もコボルトたちが大口を開けて空を見上げており、そのままのけぞって転がるものが幾人かいた。いつになっても慣れそうにないから、きっとこれは恒例行事となっていくのだろう。
城壁の内部へ着陸すると、コボルトが数人ワーッと集まってきて、その後にニルとウルメアが続く。
降りてくるエターニャを見たニルは「流石陛下だな」と笑い歩み寄ってきた。
「陛下よ、どうやら目的は全て達したようだな」
「はい、予定通りに。エターニャさん、こちらは〈ノーマーシー〉を任せているニルさん。困りごとやお願い事があればこちらに。それから、こちらの規則や数字的なことで気になることがあればこっちのウルメアに聞いてください」
ニルは大きく頷いて応えたが、ウルメアは顎を上げたまま値踏みするようにエターニャを上から下まで眺める。偉そうな態度は抜けきっていないらしい。
「ウルメア、お願いしますね」
「わかっている、ラミアのエターニャだな。必要なものがあれば言え。住居はあの辺りにあるのから好きに選ぶといい」
ハルカが念押しすると、ウルメアはようやく口を開いて最初の案内をはじめた。
「ついてこい。荷を置いて、室内に新たに必要なものがないか確認しろ」
命令口調であるが、やっていることは丁寧な案内だ。
エターニャも些細なことで腹を立てるタイプでもないので、「親切ねぇ」なんて言いながら、素直にウルメアの後についていく。
「これで〈混沌領〉の殆どは陛下の傘下に収まったってことになるか。どうだ、気分は?」
「どうもこうもないです。何をしたらいいのかもわかりませんし、できることといえば、問題が起こらないことを祈ることと、起こってしまったときに何とか対応しに行くぐらいです」
「それで十分だ。普段の街のことは儂らに任せておけばいい。各種族たちもそれぞれこれまでと変わらないように暮らすだろう。そんで困ったことがあった時に、陛下に頼ればそれでいいんだ。最初からそんな話だっただろう?」
「そう、でしたね」
関わる種族が増えるにつれて、なんとなく肩の荷が重くなったような気がしたが、結局のところハルカができることは、問題への対処だけである。
各種族からもそれ以上のことは求められていない。
「軽い気持ちで大王をしてくれればいいのだ。いざとなったら存分に頼らせてもらうがな!」
「……困った時は、そうですね、頑張ります」
「そうだ、頼むぞ陛下!」
ハルカに色々と押し付けているように見えるニルだが、実はその性格も考えてうまいことバランスを取ろうとしている。流石一時はリザードマンたちの王をしていただけあって老獪だ。
モンタナもそれがわかるからニルの邪魔をしないし、ハルカも安心して言葉に乗っかっていることができる。
欲望渦巻く人間社会で暮らすよりよっぽど活き活きと暮らしているハルカには、案外破壊者の王様をやっているほうが似合っているのかもしれなかった。





