種族をまたいで
ハルカたちは帰りも正規の出入り口ではなく、スコップの男が掘った非常口から退散する。そろそろ日暮れになることから、ヴィランテは中で休んでいくよう提案したが、外でユーリたちを待たせているため断りを入れた。
往路と違うのは、ヴィランテとエターニャの二人がついてきていることだ。
「本当に一緒に来てくださるんですか?」
ハルカの問いかけに、エターニャは細い目を少しだけ開けて首をかしげる。
「そうねぇ。父は今でこそあんなですけど、寄生先を変えるためにあちこち巡ったんですって。私、それが少し羨ましいなぁって思っていたので」
エターニャは父親の行動を寄生とはっきり言いきった。
見た目や雰囲気とは逆に、かなり正直な性格をしているようだ。
「やっぱり私も一緒に行った方がいいんじゃない?」
「ヴィランテはこっちでみんなの説得してあげないと。他の子に任せられるようになってから来たらいいのよ。……先に行ってごめんなさいね? ホントはあなたも外の世界を見てみたいんでしょう?」
「…………まぁ、そうだけど」
この二人の父親は、他とは違って特殊だ。
他の父たちは種族から抜け出すような形で、流されるままにラミアたちと暮らすことを選んでいる。
一方でスコップの男ケンジは、世界中を巡った冒険者であるし、ゼアンはあちこちを渡り歩いてきた大吸血鬼である。
その口から語られる言葉は、外の世界へ戻りたくなくなった者たちの口から語られるものとは違っていた。それはその娘たちにいつか広い世界を見てみたい、と思わせるのに十分なものだったらしい。
「いつでも歓迎します」
「……ありがとうございます。その時はどうかよろしくお願いいたします」
ヴィランテはハルカに丁寧な態度をとり続ける。
もう少し肩の力を抜いてほしいというのがハルカの希望だが、王とそれ以外の関係なんて、これでも近すぎるくらいだ。人に近い価値観を持っているラミアたちにとって、ハルカは自然と恐れ敬うべき存在になってしまっていた。
他の破壊者たちは割と好きなようにハルカに接してくるため、ハルカの方が少し勘違いをしている。
「きゃっ」
鉄板をどけるとヴィランテが可愛らしい悲鳴をあげる。
蓋が動くことに気づいたナギがすぐ近くまで顔を寄せて待っていたのだ。
横からはユーリとコボルトたちが顔を覗かせていて、少し離れた場所でルチェットが腕を組んでいる。
「ナギ、ちょっとだけ頭避けてくださいね。皆上がりますから。ユーリも、お待たせしました。ルチェットさん、見てくださってありがとうございます」
「おかえり、ママ」
「いや、大人しいもんだったぜ。こいつとも仲良くなれたし」
ルチェットが近寄ってきてナギの口元をポンポンと叩くと、ナギも喉をグルグルと鳴らした。
ついこの間まで随分怖がっていたはずなのに、本当に仲が良さそうだ。
「王様!」
自分も、とアピールしてきたコボルト二人を、ハルカは階段を上がってから撫で繰り回してやる。尻尾がブンブンと振られているので多分ご機嫌だ。
急ぎ枯れ木を集めてたき火を作ったハルカたちは、それを囲むようにして座り、結果の報告をする。
ルチェットは穴の中で暮らしているらしい同族の話を聞くと、呆れたように「ったく」と声を漏らしたが、それをどうにかしようという気はなさそうだ。
「すみません。私たちにはどうしても男性が必要で……」
「あ? いや、そりゃあ別に構わねぇよ。俺たちだってコボルトたちと暮らしてるしな」
ラミアたちに文句があるわけじゃない。
心配しているのに何の便りもなく地下にこもり続けている仲間に対しての不満があるだけだ。
「ただこれからはガルーダ捕まえたら連絡くれよ? ハルカのとこの下について一緒にやってくんだろうからな」
ルチェットがぶっきらぼうに言うと、ヴィランテは慌ててハルカの顔色を窺う。呼び捨てで乱雑な口調がハルカのことを怒らせていないか心配になったのだ。
当然ハルカは、うんうんと頷いているだけでほんの少しも気にしていないのだけれど。
「ルチェットさんはここのことを知っていますし、ガルーダとラミアの間でも交流をしてもらえたらなと思うんですが……」
「……あのなぁ、王様不在で勝手に種族同士で手を取り合ってもいいのかよ?」
目の届かないところで大きな勢力同士が手を組むというのは、反乱の兆しと言っても過言ではない。普通は分けて管理すべきところだと、ルチェットは忠告したわけである。
「有事の際に協力できた方がいいでしょう? 例えば今回のような半魚人が増えた時なんか、ラミア側にとってはガルーダが空から集めることのできる情報は大事になってきます。私もいつでもすぐに駆け付けられるわけではないですからね」
「いや、ハルカが良いっていうなら俺はいいんだけどな」
一般的な考えとして伝えてみたが、実際ハルカの魔法を見た後だと手を組んでどうかするという気も起きない。
やろうと思えば山だろうが砂漠だろうが全て焼き払ってお終いと想像がついてしまうのだ。ヴィランテにしたって同じで、カチンコチンに凍り付いて死にたくはない。
トップが強大な力を持っているというのは、それだけで抑止力となるのである。
民主的ではないがある意味平和だ。
「あんたもなんか言ってやったらどうだ?」
ボーっとルチェットの顔を見ていたヴィランテは、話を急に振られて目を丸くする。
「え? いえ、私からは何も……」
「なんだ、控えめだな、あんた」
「……あの、ルチェットさんでしたか?」
「なんだよ」
「私のところに婿に来ませんか?」
「……は? おいおい、大丈夫かこいつ」
あまり自分の近くで見たことがないタイプの男性。
やや父親にも通ずるものがある強い男の雰囲気が、ヴィランテの胸に突き刺さったらしい。
言われた当人は冗談かと思ったようだが、周りから見るとちゃんとルチェットのことが気に入ってるのがわかってしまう。
「あらあらぁ……」
エターニャが呟いたことで、周りの雰囲気を察したらしいルチェットが沈黙。
「……マジで言ってんのか、こいつ」
「はい、真面目に」
「お、おおい、ハルカ、どうなってんだこれ。説明してくれ」
「いえ、え? あの、分かりませんが、仲良くしてくださるのは、私としてはいいことのような……」
ハルカに助けを求めたって、こういった類のことではほぼ役に立たない。
しどろもどろの返事に、ルチェットは「あー……」と言いながら天を仰いだ。





