穴掘りの男
名乗るエターニャの目は細められていて分かりにくかったが、よく見れば確かにその奥には確かに赤い瞳が隠されている。
「なるほど……。別種族同士の子供が生まれるのって、ラミアでは当たり前のことですものね」
「そうですね。私の父は人ですし……」
ハルカの独り言にヴィランテが答える。
エターニャの件でみんなが動揺していたから気づかなかったが、一拍遅れてモンタナが聞き返す。
「人、いるです?」
先ほど見た中には、男性はガルーダとリザードマンしかいなかった。
ヴィランテは動揺することなく首を横に振る。
「いえ、私の父はもうなくなりました。そもそもここにいらした時点でもうずいぶんな年だったそうなので……」
「それって結構前ですか?」
人と聞いては一応事情聴取をしておきたい。
ここまでたどり着いている時点で、人としてかなりの強者であるはずだし、名が知られていてもおかしくないからだ。
「いえ? 来たのが三十年ほど前で、亡くなったのは十年ほど前になります」
「どんな方だったかお伺いしても?」
「遺跡を随分とめぐってきた冒険者だったと言ってました。ワクワクするような話をたくさん聞かせてくれましたけど、流石にもう疲れたと、ここで生涯を終えることにしたそうです。あなた方が入ってきた穴をすべて一人で掘ったのも私の父です。避難経路を増やせとか何とか言って……、侵入経路になってしまいましたけど」
ヴィランテは「変な父でした」と続けて少しだけ笑う。
かなり懐いていたのか、自然と表情は柔らかくなっていた。
「遺跡に詳しい方ですか……。ご存命のうちにお会いしたかったですね」
「そうだなぁ。あれは人にしては中々の強者だった。しかも武器がスコップという変わり者でね。勝手に喋らせておくだけで面白かったから、私は好きだったなぁ。こことは違う世界から来たとかほらを吹いていてさ、私が頷いてるだけで嬉しそうに色々語ってくれたものだよ」
「待ってください、その方、資料を残していたりしませんでしたか? 残っているなら是非見せていただきたいのですが……」
昔一度だけノクトが語っていたことがある。
忘れかけていたけれど、ノクトは他の世界からやってきた人物に心当たりがあり、その人物こそ今語られたヴィランテの父と特徴が一致するのだ。
ハルカは元の世界へ帰りたいわけではなかったが、元の世界とこの世界のつながりについて知りたいという気持ちはある。ヴィランテの父のメモ書きのようなものがあるならばと尋ねてみたのだ。
「すみません……、違う世界のことについての考察は、本人の希望で一緒に火葬してしまって……」
「そ、そうですか……。なぜ、燃やしてしまったんでしょう……。きっと苦労して調べたでしょうに……」
「はい。百年近く世界中を回ったけれど、同郷の人と会うことはなかったから、もうそんなものはこの世界にいないのだろうというような話をしていました。だったら不必要だから、自分と一緒に始末してくれ、と」
「なるほど……」
確かにその頃にはまだハルカはこの世界へ来ていないし、ユーリだって生まれていない。生涯をかけて元の世界へ帰ろうとしていたその人物のことを思うと、ハルカの胸中は複雑だ。
最後まで無念を抱えて生きたことを想像するとあまりも切ない。
「なんてお名前だったのでしょう?」
「コージ=マッケンジーだった。私もあの面白い男の名前は憶えているよ」
「違います。コジマ=ケンジです。どうして変なところで区切るんですか」
ヴィランテはジト目でゼアンを見て文句を言う。
いくら吸血鬼の王たる血筋のものとは言え、居候相手だからそこに遠慮はあまりないようだ。良好な関係であると言いかえてもいいだろう。
「奴はコージと呼ばれてたと言ってたけどね」
「……名前がケンジだそうです。父の国では後に来るのが名前だとか」
「ケンジさんは、その……、やっぱり元の世界へ帰れなかったことが、最後まで辛そうでしたか?」
あまりにもしつこくハルカが尋ねるため、ヴィランテは怪訝な表情を浮かべたが、これもこれからのよい関係を作るためと割り切ったのかちゃんと答えてくれる。
「いえ。最後は笑って亡くなりました。私含めて父の子供は八人いますし、母たちのことも大事にしてくれてましたから。普段もよく『俺の目が黒いうちは、娘は嫁にやらん』と言って婿取りの邪魔をするせいで、姉たちから文句を言われて笑っていました。私にとってとても良い父でしたし……、その……、辛くなかったと思いたいですが……」
ハルカは心の中で納得をして、それから謝罪をする。
「すみません、変なことを聞きました」
「いえ、他に父について聞きたいことはありますか?」
「いえ、大丈夫です。素敵なお父さんだったんですね」
「ええ。ちょっとお爺ちゃんっぽかったですけど、面白くて、頼りになる父でした」
きっとケンジと呼ばれる男は、長いこと一人で遺跡に潜り、何とか元の世界へ帰ろうとあがいたのだろう。そうしてついには混沌領までやってきて、こんな砂漠にある遺跡まで足を伸ばした。
最初にやってきたときは、魅了をかけられたのかもしれない。
そこのやり取りはわからない。分からないけれど、一人でそれだけ長く生きてきた冒険者が、魅了ごときであっさりと陥落するとはハルカには思えなかった。
だから思う。ケンジは休むきっかけ、諦めるきっかけを探していたんだろうと。
そうしてここで家族を作り、この世界の人になって、その生を終えたのだろうと。
これはハルカの希望のこもった、そうであったらいいなという推測だ。
自分と似たような境遇の男性が不幸なまま生涯を終えていないことに、ハルカはほんの少しだけ安堵した。
「ああ、そうでした」
「なんでしょう……?」
しばらく目を伏せていたハルカが、ふいに口を開くと、ヴィランテがやっぱり少しだけ不安そうに首をかしげる。
「食料は足りていますか?」
「十分ではありません。正直切り詰めないとまずいところでした」
「そうですか。では 〈ノーマーシー〉から食料を置いていきます。私たちを受け入れてくださったお礼と思って受け取ってください」
「元からそのつもりで……?」
「はい。この北の沿岸で半魚人が多く発生しているのは知っていましたから」
「……すみません、ではありがたくいただきます」
「これからのことについて、もう少しだけお話をしましょう。手を取り合う以上、遠慮せず、忌憚ない意見を聞かせていただきたいです」
「……はい」
ハルカがこう言ってもヴィランテはしばらくの間遠慮がちであったが、都度横でダラダラとしているゼアンが口を挟んでくれるお陰で、段々とそれも柔らかくなっていく。
狙ってのことなのか、無意識なのかわからないけれど、少なくともこの話し合いにおいて、ゼアンはかなり有用な役割を果たしてくれた。
紆余曲折はあったものの、どうやら今回の遠征は結果的に大成功となりそうである。





