これも交渉
「少し説明する時間を頂けますか?」
「どうぞごゆっくり」
ヴィランテが不安そうな仲間の前に立って説明をする間、ハルカはその様子をさりげなく観察する。もし彼女たちがヴィランテと同じように自分が魔法を使ったときの様子を見ていたとするならば、あまりじっくりと視線を送ると怖がってしまうのではないかと思ってのことだ。
ラミアたちがざわついているのはともかくとして、その中に数人混ざっている男性たちもどこか不安げだ。率先して矢面に立とうなどという気持ちはないようで、むしろラミアたちの後ろに隠れるような動きをしている。
ラミアたちもそれを当然のように受け入れて、大事なものを守るようにハルカの視線から男性を隠そうとしていた。
そんなことしなくても、本人たちが望んでいる状況ならば、無理に取り上げたりしないのになぁというのがハルカの感想である。
ヴィランテの説明は、これからはハルカたちと共に手を取り合って暮らしていくという前向きなものであった。本人の意識としては支配下に置かれたという認識があるのだが、それを直接仲間たちに伝えて混乱を招かないようにしているのだろう。
また、ハルカの説明が終始そのような理解を求めていたことを察しての、パフォーマンスのようなものでもある。
それほど長くない説明。
誰も手をあげない質疑応答。
続いてヴィランテは少しだけ躊躇い、ハルカの顔色をうかがってから口を開いた。
「それから……、ここにいる男性から話を聞きたいとのことですので、申し訳ないのですが皆さん、前に出てきてくださいませんか?」
ここで初めてラミアたちがざわつく。
情けない声を上げて小さくなる男性たちを胸にかき抱き、悪魔を見るような目がハルカたちに向けられた。
とんでもない悪者扱いだ。
「あの、お話を伺いたいだけですので……」
わぁっ、とさらに動揺。
どうやら声を発したのが良くなかったらしい。
彼女たちも普段からこうではないのだが、状況が良くなかった。
ヴィランテたちと話をしている間、この集まりでは悪い想像ばかりが膨らんでしまっていたのだ。実際にハルカの魔法やナギの姿を見たものが、その事実をおどろおどろしく語り、想像を膨らましたものが恐ろしい推測を述べる。
それがますます広がって、彼女たちはいつの間にやら、ハルカを恐怖の大王に仕立て上げてしまっていた。
困ったハルカがつい小さくため息を吐くと、それだけで彼女たちはびくりと体をはねさせる。
「ヴィランテさん、これ、お話しできそうですか?」
「すみません、難しいかもしれません」
「ですよね……。では申し訳ないですが、一方的に話を進めます。何かあっても手を取り合っていきましょうという基本方針は変わりませんので、心配なさらないでください」
ハルカは一歩前へ出て、奥に隠れている男性たちに届くように語り掛ける。
「この中に、もともと自分が住んでいた場所へ帰りたい、と願っている方がいれば手を挙げていただけますか?」
沈黙。
誰一人として手をピクリとも動かさない。
ハルカは少しだけ考えてから、質問の仕方を変える。
「ええと、では、この中にラミアの方々と一緒に暮らしていたいという方がいれば手を挙げてください。あ、魅了の魔法は絶対に使わないでくださいね、使ったら分かりますので。もし手を挙げない方がいらっしゃれば、その方の安全は守りますし、責任をもって故郷へお送りいたします」
能動的に動かないとここを去らざるを得ないように質問を変更。
誰も手を挙げない場合は、彼らがそもそも意思表示を拒否しているという証拠になると考えての試みだ。
少しだけ待っていると、男性たちは互いの様子をうかがいながら、そろりそろりと手が挙げる。やがて全員が震えながら手を挙げたところで、ハルカは苦笑しながら頬をかいた。
「そうですか。意地の悪いことをしてすみません。皆さんがここの暮らしに満足されているのならば、お邪魔をするつもりはないんです。ヴィランテさんも、すみません」
「なにが、でしょう?」
「あなたの言葉が真実であるか試すような真似をしました。誠実に対応してくださった方にすべきことではないでしょう。申し訳ありません」
「あ……、いえ、謝らないでください。そんな、私はそんな……」
つむじが見えるほどに頭を下げたハルカに、ヴィランテは動揺する。
ここまでしっかりと謝罪をしてもらえるほど、ヴィランテは誠実にハルカに接していない。まだ隠し事だってあるし、どう自分たちの立場を良くしようかずっと画策していた。
続く言葉は辛うじて堪えたが、胸が少しずきりと痛む。
いわゆる良心の呵責に苛まれるというやつであった。
「……ヴィランテちゃん、そういえばまだご案内してない場所あったわねぇ」
そんな時、後ろに控えていたラミアの一人が、ヴィランテの肩をつついて話しかける。ヴィランテは一瞬目を泳がせてから、ハルカの方を見て何とか笑顔を作ってみせた。
「……そうでした。皆に状況を説明しているうちに忘れるところでした。一度道を戻ることになりますが、ついてきていただけますか?」
モンタナはヴィランテの言葉に嘘があることに気づいている。
察しのあまり良くないハルカも、途中で通り過ぎた部屋のことだろうとわかったけれど、指摘することなく、自分のできるだけ穏やかな表情を作り答えてやった。
「何かお話ししておくべきことがあるのでしたら是非お願いします」





