ラミアの隠し事
「聞かせてください」
手を貸すことができれば、多少なりともラミアたちからの印象も良くなるだろうと、ハルカは前のめりでヴィランテの言葉を待つ。
「実は……、私たちラミアには男性が生まれないのです。そのため、男性が不足しておりまして……。これまでは他種族の方が通りかかった時に、歓迎して滞在していただいていたんですが……」
「滞在、ですか?」
「お帰りになりたくないとのことで、亡くなられるまでいらっしゃる方がほとんどですが」
立ち直りの早いことで、仲良くしようという話をしたところですかさず危うい話をぶち込んでくるのは流石である。
ハルカが頭を抱えそうになっていると、そこはイーストンがカバーに入ってくれる。
「招くって言っても最初は魅了の魔法を使ったんじゃないの?」
「そうですね、否定しません。しかしこちらも知らぬ人を棲家に招くのには危険が伴います。入り口がバレた状態でお帰ししては、いつその方が味方を引き連れて攻め込んでこないとも限りません」
「じゃあ助けなければいいんじゃない?」
「たとえば食料が尽きたり、怪我をしたりで困っている人がいて、それを見捨てるべきだと?」
ヴィランテが当然の摂理のようなものを持ち出して説得を試みれば、イーストンはそれをあっさり否定。
それに対して次にヴィランテが繰り出したのは、人助けという善行に関する話だった。
「論点がずれているね。それなら、たとえば、その人は仕方ないとするよ。でも君たちは、そうでない人だって魅了で無理やり迎え入れたことがあるんじゃないかな?」
しかしそれもイーストンによってバッサリ切り捨てる。
「というか、君たち以外のラミアはどこに? それこそ迎え入れられた男性だってどこかにいるんじゃないのかな?」
「……仕方ありません、白状しましょう。確かに通りがかった男性を魅了してここへ連れ込んでいることは認めます。しかし、歓待した結果本人が帰りたいと言えば、そのまま帰すつもりがあった事だけはご理解いただきたいです」
「ご理解するかどうかは、その男性に聞いて決めたらいいと思うけど、どう?」
決着がついたところで話を振られたハルカは「そうですね」と頷いた。お飾り状態だけれど、決定だけはちゃんとしなければならない。
「じゃ、あとは任せるから」
「あ、はい」
「では、ご案内します」
バトンタッチして引っ込んだイーストンも、別にラミアたちを追い詰めようとしてやっているわけではない。
まだうまいこと誤魔化そうとしている気配を感じて、今のうちに膿を全部出させておこうとしただけだ。
最初の交渉でわだかまりが残ったり、どちらかが侮られたまま終わるようでは、後々の関係に響いてくる。
特に魅了という魔法を持つものは、どうしてもそれに頼って隠蔽工作を行いがちだ。
それがわかっているからこそ、最初の交渉であるこの場で、それが通用しないことを示しておきたかったのだ。
「そうよね、お姉様と一緒にいるなら安易に魅了の魔法なんて使ったらダメよ?」
「は。はぁ」
共通点があるせいか、それとも太陽の光が届かないせいか調子の良いカーミラは、移動を始めたヴィランテの横にならび先輩ヅラをしてみせる。
「……魅了の魔法にお詳しいのですか?」
「そうね、だって私吸血鬼だもの。ほら」
カーミラは小指で口の端を持ち上げ、鋭い犬歯を見せてやる。するとヴィランテはハッとした顔をして目を泳がせた。
「そう、でしたか。その、お名前を伺っても?」
「カーミラよ。カーミラ=ニーペンス=フラド=ノワール」
「ノワール……、そうですか」
「何か吸血鬼に心当たりでもあるのかしら?」
「いえ、そういうわけでは」
はっきりしない態度に小首を傾げたカーミラは、少し離れた所を歩くイーストンに声をかける。
「イースさん、何か吸血鬼に興味があるみたい。あなたもお名前聞かせてあげたら?」
「……なんで。勝手にそっちで伝えておいてよ」
「あら、いいの? 名乗るのって結構楽しいのに。あの顔はいいけど愛想の悪い男は、イーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマンよ。どう? 知りたい名前だったかしら?」
「ありがとうございます。でも別にお名前を知りたかったわけではないので……」
通路を進んでいくと、歩み先に光が見えてくる。
「あら、すごい」
ハルカは黙って息をのみ、カーミラが素直な感想を漏らす。イーストンもモンタナも、レジーナですら、海の底に作られたガラス張りの天井に一瞬気を取られた。
魅了の魔法を使う相手がいるところでやってはならないことだが、それだけ夕日の差し込む海が美しかったのである。
ちなみにレジーナは大きな魚に目が釘付けになっていただけで、感動は特にしていないようであったが。
それからまたしばらく歩きヴィランテは仲間たちが待機している場所へと向かう。途中いくつかの扉を通り過ぎたが、ヴィランテはそれらには見向きもしなかった。
しかしそのうちの一つの前で、モンタナは一度ぴたりと足を止める。
「どうしました?」
「……まぁ、いいです。後回しです」
「まだ何かありそうなんですね……」
「そですね、後にするです」
すぐに歩くのを再開した最後尾の二人によるコソコソ話は、ラミアの耳には届いていないようだった。





