もっと単純に
地下空間は広く、通路ですら人が数人横並びで歩いてもまだ余裕がある。
だというのに、それほど寒くないのが不思議である。
どこかに暖房器具でもあるのかと見まわしてみるが、ハルカがわかるようなものは見当たらなかった。
天井には通気口のようなものが等間隔で並んでいて、そこから空気が入ってきていることだけはなんとなくわかる。千年も昔に作られた機構が今も維持されているのは、科学と魔法の両方からのコーティングがなされているからだ。
研究者でも何でもないハルカにはそんなことさっぱりわからない。
大釜山のブロンテスでも連れてくれば話は別だが、残念ながら彼では地下に入ることはできないだろう。
通路を抜けると、また噴水があった場所のような広い空間があって、四方八方に布が敷かれている。イスやテーブル、ソファなんかもいくつか用意されていて、普段はここで多くのラミアが寛いでいるのだろうなというのが見て分かった。
奥には受付カウンターのようなものもあるが、あまり利用されていないようだ。
きっと施設の入り口のようにされている場所だったのだろう。
この広間からはまたいくつかの通路が延びている。
「この辺りで話をしましょう。どうぞ自由にお寛ぎください」
ヴィランテは奥のカウンターがある辺りまでハルカたちを案内すると、クッションが置いてある場所を指して言った。ハルカたちがまとまって腰を下ろすと、それを待ってラミアたちも対面で姿勢を楽にする。
ラミアたちは移動時からあまり座高は変わらず、座るというよりは、寛ぐという言葉が似合うような感じだ。
「……先ほどそちらの方がおっしゃったとおり、勝手ながらあなたの実力を拝見させていただきました」
かたい表情のまま先に口を開いたのはヴィランテだ。
モンタナに言い当てられたことですっかり委縮して、言葉を選ぶようになってしまっている。もはや余裕なんて一つもない。
ハルカの性格のお陰で今は永らえているけれど、どこで機嫌を損ねるかなんてわかったものじゃないのだ。できるだけ丁寧に、刺激をしないような立ち回りをしていく。
「あなたは、私たちを傘下に収めることをお望みでしょうか?」
力があるものが上に立つというのはごく自然なことだ。
だからこそこれまでラミアたちは地下に隠れ住み、できるだけ他の種族に見つからないように生きてきたのだ。戦えば弱いわけではないが、例えば巨人や吸血鬼などと正面からぶつかり合うほどの戦力はない。
「何かその……、誤解があるようなので、状況の説明からさせていただいても?」
まるで敗戦した国のような悲壮感漂う出だしに、ハルカは困り顔で提案する。
「もちろん、あなたのおっしゃる通りに」
ヴィランテの返答を聞いて、ハルカはなお一層誤解されていることを確信する。
別に支配して言うことを聞かせたいわけではないのだ。
そこのところを勘違いしてもらっては困る。
「まず皆さんはこの半島の地図なんかはお持ちでしょうか?」
「いえ? 昔はあったようですが、数百年前に仲間の一部が出ていくときに持っていってしまったそうです」
「そうですか、ではまずこちらをご覧ください」
まるでプレゼンでもするかのように、ハルカは床に丸めた地図を転がして広げる。
四隅を押さえるために杖やらお金やらを置いて、北方大陸南部の地図をラミアたちに見せた。
「まず今いる場所が、この辺り。ガルーダたちが住んでいる山脈がここで、それを越えるとアルラウネやドライアードが住んでいる地域があります。そこからずっと南へ降りて、この辺り一帯が巨人族の領域。やや北東へ進むとあなた方がご存じの通り、リザードマンが住んでいます。そしてすぐ隣の平原にケンタウロス。さらにずっと東へ進むと〈ノーマーシー〉という街があって、コボルトや人魚たちが暮らしています」
ふんふんと頷いているヴィランテの表情を見て、理解しているなと判断したハルカは話を続ける。
「今お話しした方々が、私たちが交流を持っている場所です。互いに殺し合わない、助け合うと、一応約束を交わしています。アルラウネの場所はまた特殊なんですが……、それは置いといて、こうしてみれば私たちがあなた方に接触を持とうとした理由もわかりますよね?」
ラミアの住む場所を囲うようにハルカたちが交流している種族が住んでいる。これを見れば、地続きの者同士で互いに協力していこうという目的が伝わるだろうとハルカはもう一度ヴィランテの顔を見る。
するとヴィランテは真面目腐った顔立ちで、つばをごくりと飲み込んで頷いた。
「滅ぼす前の慈悲ですね」
「……違くてですね、仲良くしましょうってお誘いに来たんです」
「私たちには差し出せるものはありません。そうですね、この住処は快適ですので、明け渡せと言われればそうしますが」
すっかりマイナス思考になってしまったヴィランテに、後ろで控える二人のラミアもちょっと困った顔だ。
「悲観的すぎないかしら?」
「脅かし過ぎたんじゃないの?」
カーミラとイーストンがこそこそ話していると、聞きつけたモンタナが首をかしげる。
「僕のせいです?」
「めんどくせぇ奴なだけだろ」
退屈そうなレジーナがいつの間にか寝転がって寛ぎながら、興味なさげに返事をする。
「えーと……、どうぞこちらはそのままお使いください。でももし協力してくださるのなら、〈ノーマーシー〉でも暮らせるよう準備します。今までのように種族だけでまとまるのではなく、互いに良い影響を与えられたらというわけなんですが……」
スタートが悪かったせいで、後ろ向きになってしまったヴィランテには、どうも好条件すぎるこれが受け入れがたい。
互いに困ったまましばし無言になったところで、レジーナがため息をついた。
「おい、ハルカが王やってるから言うこと聞け。あと困ったことあったら言え。他のやつらが困ってたら手伝え」
「え? あ、そういうことなんですか?」
「え? いや、ちょっとニュアンスが……」
ハルカがもぞもぞっと反論しようとした言葉に、レジーナが言葉をかぶせる。
「分かったか、分かんねぇのか?」
「分かりました」
「分かってしまったんですか……」
ある意味言葉を尽くすことの効果の薄さに肩を落とすハルカである。
そもそも長く種族だけでサバイバルしてきた〈混沌領〉の破壊者たちの思考は単純で、強いものは弱いものを従わせることが出来る、が基本だ。
強いなら強いで命令してしまうのが一番手っ取り早い。
交流だとか、手を取るだとか、互いの連携だとかなんていうのは、強い奴が従えた後に作って、恒常化させていけばいいだけなのである。
「では早速その……困りごとがあるのですが良いでしょうか?」
そしてそうなれば切り替えは早い。
圧倒的に強いものには媚びろ。これはラミアの生き方の一つでもある。
美しい顔を魅力的に可愛らしく見えるような角度で首を傾げたヴィランテは、すでに本調子を取り戻したようであった。





