よいばらんす
一度来た時と同じように、しばらくの間少しかがんで横穴を進むと、やがて天井が直立しても問題ないほどの高さになる。おそらくこの横穴はラミアの体格に合わせて作られているのだろう。
ラミアは下半身が蛇であるためか、平均的な身長が人よりも少しだけ小さい。
代わりに横になって尻尾までの長さを測ったら人よりもかなり大きいのだけれど。
長い横穴を抜けて噴水のある広場へたどり着くと、先ほどとは違ってすでにラミアが待ち受けていた。もう一つ違ったのは、迎えに来ているラミアが、最初の交渉をしていた一人、ヴィランテと、他に二人だけだったことである。
モンタナは広場に着くと素早く辺りに目を走らせてみたけれど、近くにいるのは見えている三人だけであった。
続いて三人の様子を観察すると、そこには警戒と怯えの色が見られる。
聞いた話であれば、ハルカたちを利用しようという意図が見えていたため、この時点で何かがおかしいなと首をかしげる。
「約束通り、半魚人の数を減らしてきました。森の中に残っているかもしれませんが、少なくとも浜辺から海までに見えた者は全て倒しています。話は聞いてもらえますか?」
「もちろん。私たちのためにそこまで力を割いてくださった方々をないがしろにするはずがありません。立ち話もなんですから、私たちの住んでいる場所へご案内しても?」
「では……」
一応ちらりとハルカたちが仲間の意思を確認しようと目を配ると、モンタナが僅かに首を横に振る。
ぴたりと言葉を止めるハルカ。
ラミア側にも緊張が走った。
「……動揺したですね」
モンタナが呟いた声は、静かな空間であったせいでラミアまで届く。
あまり抑揚のない喋り口は、余計にラミアたちの焦りを呼び込む。
「質問があるです。半魚人たちの討伐は、こちらの力試しと、そっちの面倒ごとを片付けるための意味があったです?」
「そうね。申し訳ないけれど試させてもらったわ。信用できるかも、強さも、目的も分からないのだもの。素直にそちらの言うことをすべて信じるわけにはいかないわ」
この質問は十分に予測し得るものであったから、聞かれれば最初から素直に答えるつもりでいた。モンタナもヴィランテの言葉に頷いて続ける。
「僕たちを呼ぶように言ったのはなぜです?」
「どういうことかしら?」
「つまり、次は男性も連れてくるように言った理由です」
「特に理由はないわ。話すのならば全員と顔を合わせておきたかっただけよ。その方がお互いに信用できるでしょう?」
モンタナはいつも半分ほどしか開いていない目をさらに細める。
人が交渉の時に嘘を吐くことに対してモンタナはそれほど否定的ではない。交渉とはそういうものだと理解しているし、利益を最大限引き出そうとするのは当たり前のことだからだ。
ヴィランテ自身も嘘を吐くというよりは、この場を乗り切るために真実をすべて述べていないだけである。語った言葉だって噓ではないけれど、伝えていない言葉があることの後ろめたさは、嘘をついているときの後ろめたさとそう変わらない。
少なくともモンタナの目にはそう映る。
だから、モンタナはこの動揺を看過しなかった。
「男の方が魅了しやすいです? 魅了がかかれば仲違いさせやすいです?」
「……そんなことないわ」
僅かに返答に時間を置いた時点で白状したようなものだ。
真実を隠す言葉に不自然な点がない自信があった。それなのにあっさりと別の目的の方について暴かれたせいで、動揺を隠しきれなかったのだ。
これはまずい、と緊張した体はさらなるミスを引き出す。
「どこかで、ハルカの戦いを見てたですね? それで方針変更したです?」
「どうしてそんな……」
じりっとまた追い詰められるヴィランテ。
右後ろに控えるラミアが槍をぎゅっと握り、左後ろのラミアは「あらぁ……」と困り顔で頬に手を当てた。
「モンタナ」
その時ハルカが、隣に立っていたモンタナの頭にポンと手を置く。
「ありがとうございます。彼女たちも、私が抜けているせいで、付け込めそうだと思ったんでしょうね。仕方のないことだと思います」
相手が追い詰められていくのが目に見えて、ハルカはこらえきれなくなったのだ。
モンタナの言うことは真実である。
しかし同時に、ハルカはここにラミアたちをせん滅しに来たわけではない。
手を取り合うことはできないかと話し合いに来たのだ。
「私からも一つだけ聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
「……なにかしら」
「あなた方は今、私たちと敵対するつもりがありますか? それとも、手を取り合って暮らしていける方がいいと思っていますか?」
「……敵対したいなんて思わないわ。あんな魔法を見たあとに、そんなこと考えるわけないじゃない」
「モンタナ、どうです?」
「……ほんとです」
「それじゃあ、お招きにあずかりましょうか。話し合いのために」
ハルカが笑うと、ヴィランテも肩から力を抜いて乾いた笑いを漏らす。
「はは、はぁ……。ええ、歓迎させてください。こちらへ」
三人に続いて歩き始めたところで、モンタナがハルカに尋ねる。
「……余計なことしたです?」
「いえ、助かりました。どうも私は交渉事の時にモンタナやコリンがいないと、相手になめられてしまうようで……。モンタナのお陰で、利用しやすい奴だ、って思われずに済んだんじゃないでしょうか?」
「ハルカは頼まれごと好きだと思ってたです」
「そうですねぇ……。信頼してものを頼ってもらえるのは嬉しいですが、見下されて面倒ごとを押し付けられるのは違うようだと、皆と旅をしていて気付いたんですよね」
「……そですか」
「そうです。ですから、これからも私が騙されてそうだったらちゃんと教えてくださいね」
「そですね。そうするですよ」
「頼りにしてます」
返事はなかったけれど、モンタナの耳はピピっと揺れ、尻尾がハルカの足をふわりと叩いた。





