お留守のユーリ君
街の跡へ戻ってくると、レジーナがまっすぐ地下への入口へ向かう。
ナギは物を踏まないように恐る恐るついてきて、鉄板がどかされてハルカたちが中へ入っていくのを物悲しそうな目で見つめていた。一人だけ仲間外れの気持ちなのだろう。
レジーナにコボルトを抱いたカーミラが続いたところで、ぬーっと一度首を伸ばして入り口と自分の大きさを見比べていた。
「一緒に待ってる」
誰か残してあげようかなとハルカが考えていたところで、ユーリがナギの方へ走っていく。そうなると護衛も、と思ったが、ルチェットが頭をかきながら言う。
「俺も留守番させてもらっていいか? 狭苦しい所はちょっとな」
「わかりました……、ええと、護衛に一人……」
ハルカがイーストンかモンタナにそれを頼もうとしたところで、ルチェットがいやいやと手を振る。
「ナギがいりゃあ護衛なんていらないだろ。この巨体に挑んでくるのは知能の低い奴くらいだぜ」
「そうですね……」
ルチェットは初めて出会ったときから裏表なく接してくれているが、いかんせんまだ関係値が浅い。はたして子供二人とユーリに抱かれて舌を出しているコボルトだけを置いていっていいものか悩んでしまう。
「ハルカ、任せていくですよ」
そこへハルカの視線に気づいたモンタナが寄ってきて、ポンと腕を叩く。
すぐにその意味に気づいたハルカは、耳のカフスを指先で撫でながらルチェットに頭を下げた。
「では、よろしくお願いします」
「おう、任せとけよ」
ハルカたちが穴の中へ消えていくと、ルチェットは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
ユーリはさっぱりとした性格をしているこのガルーダのことが結構好きだ。
近くに腰を下ろして、コボルトの耳をいじりながら問いかける。
「疲れた?」
「いや、大したことはしてねぇからな。ああ、でも気持ち的には疲れた」
「どうして?」
「どうして?」
ハッとルチェットが笑う。
そうして手を伸ばして、ユーリの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
乱暴なように見えるが、視界が揺れるほどの力を込められていない。
「お前にとっちゃありゃ当たり前なんだな」
「ママの魔法?」
「そうだ。ママの魔法だ」
肩の力が抜けたルチェットは、大人たちがいる時よりもずいぶんと気安い。
そこらにいる気のいいお兄ちゃんのような反応だ。
「なあユーリ。お前はママが怖くないのか?」
「なんで?」
「なんでって……、あんな魔法使える奴がいるんだって知って、俺はちょっと怖いぜ。お前のママは、気分一つ、指先一つで俺たちの住処丸ごと更地にすることだってできるんじゃねぇの?」
「できるかも。でもしないよ」
「いや、そうなんだろうと思うぜ。でも何があるかわかんねぇだろ?」
「わかるよ。ママはしない」
「お、おう……」
断言するユーリの吸い込まれそうな黒い瞳に気圧される。
ルチェットはこんな子供に対して動揺した自分に内心首を傾げつつ笑った。
「随分信頼してるんだな」
「うん」
ガルーダのルチェットだって、二人の間に血のつながりがなさそうなことくらいは察している。それでも僅かな疑いすらなくハルカのことを信じているユーリの姿がまぶしくて、自然と笑ってしまっていた。
「でもああいう人ほど怒らせたら怖いんだぜ。俺たちが悪さしたら大変なことになるだろ」
ユーリは少しの間じっくりと考えてから、何でもないことのようにルチェットに告げる。
「……もしガルーダの人がみんなで手を組んで僕たちの仲間を殺したりしたら、なるかも」
「……怖いこと言うなよ」
子供の口から淡々とそんな言葉が出てきて、先ほどとは逆にルチェットはぞっとする。ユーリの中に母親を純粋に信じる姿と、どこまでもドライに現実を見ている達観した姿を同時に見てしまったからだ。
何か見てはいけないものを見たような気がして、背中に冷や汗が垂れる。
「みんな強いから大丈夫。殺せるなら、僕くらいかも」
ルチェットは無言で立ち上がると、両手をユーリの頭に伸ばす。
表情はわかりにくいが、ユーリからはいつもよりも険しいものに見えた。
「子供がそういうことを言うな」
両手で、今度は体が揺れるほどに激しく頭を撫で繰り回される。
殺されるとは思っていなかったけれど、こんなことになるとはユーリも想定外だ。
ルチェットがハルカを恐れているような雰囲気を感じ取っていたユーリは、彼が何を考えているか探るつもりで際どいことを言っていたのだ。
内容自体には嘘はなく、普段からユーリが理解している現実を少しばかり漏らしたにすぎないけれど。
「子供はな、大人に守られるもんなんだ。そんなこと身内の大人がいる前で言ってみろ。そいつはめちゃくちゃ悲しむぞ。こざかしい顔してそんなこと絶対に言うんじゃねぇぞ」
「ママの前じゃ……」
「誰の前でも言うな。お前らの関係なんてよく知らねぇけど、潜っていったやつら皆、お前のそんな言葉聞きたいと思ってねぇに決まってんだよ」
「別に……」
「分かったのか、分かんねぇのか!?」
「ゆれるぅ……」
「わ、分かった……」
抱えていたコボルトの悲鳴のような声が漏れて、ユーリはようやく余計なことを言わずに頷いた。
「それでいいんだよ」
どっかりと地面に座り込んだルチェットは、鼻息荒く腕を組んだ。
「それにしても人の子供ってのは賢いんだな。お前何歳だよ」
「……三歳」
「はぁ!? 人ってのはこんなに成長が早いのか!? 聞いてた話と違うぞ」
「早くないよ」
「どういうことだよ!」
「僕が成長早いだけ」
「親が親なら子供も子供かよ……」
わけがわからないと首を振ったところに、いたずら心に芽生えたユーリがさらに付け足す。
「ナギは二歳」
「はぁああ!?」
想像通りの反応をしてくれたルチェットを見て、ユーリはにっこりと笑う。
かけよって「お前二歳!?」と鼻の頭辺りに触れるルチェットに、ナギも「ぐるぐる」と低い唸り声を漏らして返事をする。
やっぱりユーリはこのガルーダのことがちょっと好きである。





