敵情視察
しばし経過を見守ってからナギの背中へ戻ってきたハルカは、大きく息を吐いてから駆け寄ってきたユーリやカーミラに笑って見せる。どうしても割り切れない気持ちはあっても、やるべきことはしっかりやった。
仲間たちが笑って迎えてくれることが、自分の行動を肯定してくれている気がして、気持ちは少しだけ軽くなる。
「やっぱり戦いも強いんだな」
「戦い……というか、ああいった大規模な魔法は私の仕事ですね。対面しての戦闘技術なんかは、仲間内では一番低いと思います」
「あんな魔法が使えるなら十分だろ。殴り合いも強いんじゃ可愛げも何もないぜ」
「ははは」
ハルカはその通りだと普通に笑って応えたが、殴り合いも可愛げがないことを知っている周りの視線は生暖かい。
ナギがぐるりと向きを変えて、内陸に向けて飛び始める。
振り返ったハルカは、もう一度だけ海に目を向け、心の中で手を合わせる。
キラキラと、氷や水が光を反射していて、遠くから見ると多くの命が失われた場所だとはとても思えなかった。
砂浜が見えなくなるころ、ハルカは後ろを振り返るのをやめた。
まだまだ目的の全てを達成したわけではない。
どうも裏がありそうなラミアたちの交渉が残っているのだからと、きゅっと口を結んで気持ちを切り替えるのであった。
◆
時は少し遡り、ハルカたちを見送った後のラミアたち。
彼女たちはこの地下で育ち、外で食料を得て暮らしている。
実際にダガンが現れてから、食料の調達は少しばかり面倒になっている。
いつ収まるかもわからない彼らの異常増殖に、仲間内でもストレスが溜まっていることも確かだった。
この現象は長い周期を経てたまに起こるようで、以前の大量発生では、ラミアたちの間でも意見が分かれて、半分ほどが住処を移してしまったこともあった。どこぞへ越していった仲間たちのその後は誰も知らない。
「ヴィランテ、どういうつもりなの?」
「決定を任せたのは皆でしょ。それに何がどういうつもりなのよ?」
「人間とダークエルフなんて、こんなところに来たことなかったじゃない。こっそり襲って魔法かけちゃえばよかったじゃない!」
ヴィランテは短絡的な意見にため息を吐く。
本来ラミアは子孫を残すために他種族を篭絡して生きる必要があり、交渉事に長けた種族だ。しかしこの地下にこもって暮らしていると、乱暴な意見を持つ者だって出てくる。
一度取り込んでしまえば出ていくことがないから、交渉自体をしたことがないものばかりなのだ。というか、今の現役世代はそればかりだ。
かくいうヴィランテだってそのうちの一人だったが、親からの教育によって、相手を見定めることや、からめ手を使うことが大切だと知っている。それこそがラミアの生き方なのであろうと、ある種誇りのような考え方を持っている。
だからこそ仲間内では意見を求められ、決定権を持つような立場なのであるが、根本的には上下関係などがないので、トラブルがあるとこうして面倒な雰囲気になってしまうのだ。
「上にいる仲間が乗り込んできたらどうするの? そもそも捕まえられたかしら? 私たちだって戦いが苦手なわけじゃないけど、あの人たちってあちこちを旅してきたのでしょう?」
「不意打ちもできそうだったけどね? 私たちのことに何も触れてこなかったし」
ヴィランテたちが出てきた通路でない方のまとめ役が口を出してくる。
こちらは頭がそれなりにまわるが、少しばかり自信過剰なところがあるのが玉に瑕だ。自分の出番がなかったことが気に食わないらしい。
「あなたたちの強さは知ってるわ。きっと不意打ちは成功したでしょうね。でもちょっと考えてほしいの。彼女たちが邪魔な半魚人たちを掃除して、それから、男性を連れて戻ってきてくれたら、その方が得だと思わない? 今いる旦那たちじゃ数が足りないし、子供世代の相手にだって困るわ」
「それはそうだけど、場所がばれたわ。次はもっと準備をして襲いに来るかもしれないじゃない」
「……それに備えるためにも、まずは観察しましょ? 気になる人だけついてきて」
ヴィランテの言葉に半分ほどが解散し、残りの半分が後からついてくることになった。この地下空間にヴィランテたちが知らない場所はない。長い廊下をまっすぐに海の側へ歩きたどり着いた場所は、天井と壁一面がガラス張りになった幻想的な場所だった。
この地下は海の浅瀬まで続いており、途中からこうして海の中をのぞけるような仕組みになっているのだ。当時はこれを売りに観光施設として栄えていたのだが、今となってはラミアたちの住処の一部でしかない。
海の中のトンネルを突き辺りまで進むと、天井が高くなり、螺旋階段が現れる。
天井が高くなったその場所は、人工的に作られた島となっており、階段を上るごとに段々と海上へ近づいていく仕組みとなっているのだ。
窓がいくつか設けられて、そこから外の景色を望むこともできる。
螺旋階段の上には展望台のような空間が設けられており、そこには三百六十度外の景色をのぞくことができるようになっていた。
いくつか設けられた双眼鏡のようなものをのぞいてみれば、砂浜の様子を観察することができる。
「相変わらずたくさんいるわねぇ、半魚人」
おっとりとしたラミアが呟くと、周りからは暗いため息。
一体ずつはたいした脅威にならない半魚人も、群れで現れると面倒くさい。
はじめのうちはラミアたちも駆除を試みたのだが、あとからあとから現れるので、いつしか諦めてしまったのだ。
「…………なぁに、あれ」
相変わらずのんびりとした口調のラミアは、首をかしげて頻りに目をこすっては双眼鏡を覗き込む。ヴィランテも気になって開いていた双眼鏡をのぞいてみると、そこにいたのは巨大な空を飛ぶ竜であった。
ハルカの『大型飛竜も一緒にいるので』というとぼけた発言を思いだし、あんなの地下に入れるわけないじゃないと心の中で突っ込みを入れる。
双眼鏡をのぞいていたラミアが無言になる。
何やら様子がおかしいぞと思い始めた他のラミアが、双眼鏡を譲るようにねだっても、誰一人そこから離れる者はいなかった。
やがて竜から一人、何かが下りてくる。
空に浮かんだそれは、半魚人たちを海へおびき寄せると、たちまち海を凍り付かせ、そのまま半魚人もろとも物言わぬオブジェに変えてしまった。
双眼鏡をのぞいていたラミアの殆んどの顔が引きつる。
唯一「あらぁ……」とのんびりした声を上げたのは、やっぱりあのおっとりとした胸の大きなラミアだけだった。
「……ヴィランテ、あなたの判断、正しかったみたい。ごめんなさい」
「……謝らなくていいわ。私だって……、あんなものだとは思っていなかったもの」
ヴィランテは謝罪を受け入れながら、賢明な母と、ラミアの生き方に感謝をするのであった。





