冬に帰る
「うーん、なんだか釈然としないけど……」
ナギにのんびりと海岸の上を飛んでもらうと、恐れ知らずの半魚人たちは、平気で粗末な槍を投げつけてくる。
喧嘩を売ってはいけない相手もわからない程度の知能しか持たない彼らは、食べたものを片付けたりしないし、死んだ仲間を弔うことも知らない。
あちらこちらに転がっている骨や食べられない皮は、波にさらわれてしまうまでは陸地で汚臭を漂わせ続ける。
小鬼たちと比較しても、半魚人はいくらか知能が低いように見えた。
エノテラに集まってきたのと同様に、大きな生き物を見ると、勝てる勝てない、食べられる食べられないに関わらず、とりあえず食べてみようと追いかけてくる。
そんな習性のおかげで、ナギがのんびりとあたり一帯を周遊しているだけで、地面には空を見上げて口を開けた半魚人の大行進ができあがっていた。
彼らは互いにも特別言葉によるコミュニケーションをとっている様子がない。
ナギに向かって投げた槍が慣性で落下し、仲間に刺さってしまったのを見て、何がおかしいのかゲラゲラと笑っていたりするから救いようがない。
「だからと言って半魚人が増えていいことってないんだよね。海を渡って父の国まで行っても面倒だし」
どうしようもない半魚人たちの光景を見て、イーストンがため息をつく。
続いてルチェットが見解を述べる。
「俺はやっぱり次はみんな連れてこいっていったのが気になるぜ? 住処が割れたからまとめて始末する気なんじゃねぇか?」
これはルチェットが話を聞いた直後から気にしていたことだ。
地下の空間、つまり空がない場所というのはルチェットにとっては非常に戦いにくい場所だ。どうしてもその線が気になって仕方ないのだろう。
「僕は魅了の魔法が気になるです。異性の方がかかりやすいですよね?」
モンタナが尋ねると、一応その道千年になるカーミラが答える。
「そうね? でも基本的には心の隙間に入り込む魔法よ? 強い気持ちを持っていたり、身構えている相手には簡単にかけられないの」
「基本的には、ね」
「意地悪な言い方しないで」
カーミラの返事にイーストンが一応一言付け足した。力の差が歴然としている相手や、使い手の能力が非常に高い場合はその限りではない。
つまりカーミラならば多少身構えていようが、魅了の魔法をかけることもできるという話だ。本人はハルカとの約束があるので、使うつもりはないけれど。
カーミラの言う通り、イーストンのちょっとした意地悪である。イーストンは長年吸血鬼と戦ってきたせいか、時折吸血鬼に対してちょっと厳しい。
とはいえ夜になればよく喋っているので、この二人はそれなりに仲がいいのだけれど。
「何にしても、半魚人をまとめて減らしておくべき、というのはみんな共通の意見ですね」
意見をまとめたハルカの表情が冴えないのは、これからたくさんの命を奪う覚悟を準備しているからだ。
追い詰められてもない、切羽詰まってもない状況で、殺すと決意して殺すのだから、嫌な気持ちにもなる。
今でも時折小鬼たちを大量に殺した時の感覚を思い出すと嫌な気持ちになるけれど、きっと今回も同じことになるはずだ。
自分のために殺す。
誰かのせいにはしない。
大規模な殲滅は、チームにおいて魔法使いの役割である。
「ママ、大丈夫?」
心配して見上げるユーリの頭を、ハルカは優しく撫でる。穏やかな表情を作ったつもりだが、少しくらいは強張っているだろう自覚があった。
「行ってきます」
ナギの上から飛び立ったハルカは、そのまま高度を低くして半魚人たちの上を飛んでいく。半魚人たちはナギよりも近くなった獲物に興奮して槍を突き出したが、全て障壁に阻まれる。
怒りの声。
本能的な強い害意。
何かに突き動かされるようについてくる半魚人たちを連れて、ハルカは海へと向かう。
半魚人全体が海へ足を踏み入れたところで、ハルカは反転し、魔法を発動させる。
海を凍らし、半魚人たちの動きを奪うと、冷たい風を起こしながら半魚人たちの頭上を飛んでいく。
起こした冷たい風は触れたものがすぐに凍りつくほどで、半魚人たちの湿った肌をあっという間に凍りつかせる。
ハルカが浜辺まで通り過ぎる頃には半魚人たちの動きは緩慢になり、往復した頃には全ての半魚人がその場で動きを止めた。
本来半魚人は、厳しい冬になると大幅に数を減らす。
わずかに見つけた温かい水が流れる場所や、火山につながる湿った洞窟などで生き延びた半魚人が、翌年からまた数を増やしていくのだ。
ここ数年、温かい冬が続いた。
越冬できる半魚人が増えた。
これは小鬼も同様である。
はじめの一年は、同じように冬を越えることができた生き物も多く、食べ物にはそれほど困らなかった。
しかしそれも数年続くと限度があって、無秩序に増えた半魚人は、空腹を紛らわすため生きる地域を広げた。
手当たり次第食べて、食べて、浜へ上がり、草を踏みしめ、森へ足を踏み入れた。
半魚人たちは冷たい風を浴びながら、本能に刻まれた冬を思い出す。
やがてその場にいた半魚人たちの心臓は、毎年そうであったように、静かに鼓動をするのをやめた。
表面を凍らせただけの魔法は、やがて波をかぶることで少しずつ解氷していく。きっと明日の昼頃には完全に解けて、波が半魚人たちの遺体をさらって海へ帰すはずだ。
この辺りの半魚人が食らった海の生き物は、今度は逆に半魚人を食らって再び繁栄することだろう。
ナギの上で一連を眺めていたルチェットは、嘴を押さえて息を潜める。
とんでもないことは知っていた。
何だって受け入れる気持ちは持っている。
それでもあまりにも静かに、あまりにもあっさりと数多の命を奪ったハルカの魔法に、動揺を隠さずにはいられなかった。
「お姉様かっこいい……」
「ママ、かっこいい……」
あと、隣で手放しで称賛している美女と少年に、こいつらも頭おかしいと思っていた。





