交換条件
「ここ、何のための施設だったのかしら」
「……ここは待ち合わせ場所か、休憩所みたいな感じでしょうか。通路の先にいってみないと施設の全容は見えてきませんね」
街の跡から潜ってきた通路の方角的に、ここからさらに先へ進んでいくと海にぶち当たるはずだ。また、通路はやや下方向に傾きを見せていたから、それなりに地面の深い位置まで潜ってきている。
こうなってくると、森の拠点にあったような地下研究所のようなものをイメージしてしまうが、そういった施設に噴水広場は場違いだ。
いまでこそひびや汚れで不気味な感じになっているが、壁や床もかつては流行に合わせたしゃれた物であったことがうかがえる。そこには研究所のような堅苦しい雰囲気がない。
ハルカがぼんやりとこの施設が現役だったころの風景を想像していると、通路の奥からずるずるとラミアが移動する音が聞こえてきた。ぼやっとした光を伴って近づいてきていたそれは、途中でぴたりと止まり、すぐに遠ざかっていく。
普段薄暗いはずのこの広場に大きな光源があると気づき、仲間に相談しに行ったのだ。
「一応正面に障壁を張っておきます。攻撃が飛んできてもすぐには反撃しないでください。話し合いを呼び掛けます」
「分かってる」
最後の確認にレジーナが投げやりに返事をする。
親子のような会話がおかしかったのか、カーミラが堪えるようにして小さく笑う。
気付いたレジーナにに睨まれたカーミラは、素早く口元を押さえて目を逸らした。
床をこする音が随分と増えた。
今度は光源を持っていないようで、その距離は音でしか判断できない。
「……正面以外からも来てる」
よく耳を澄ませてみれば、確かに別の通路からも時折小石の転がるような音が聞こえてくる。ばれないように囲い込もうとしているのだろう。
ハルカは正面だけではなく左右背後にも障壁を張ると、立ち上がってラミアたちの到着を待った。
最初にラミアが姿を現したのは正面の通路からだった。
左手と背後の通路のラミアは待機して出てくる様子がない。
「何者ですか」
それぞれが槍を手にしており、ホールへ入ってくると横に広がる。
まだその穂先を向けてこていないことから、ラミアたちもそこまで好戦的でないことがわかる。とはいえ視線は鋭く、投げかけられた短い言葉には棘がある。
わざわざ隠れている住処に勝手に乗り込んできたのだから当然のことである。
「この辺りにラミアの方々が住んでいると聞いてやってきました。争いではなく交流を求めています」
「何のために」
「ここ最近の間、近くの山脈に暮らすガルーダの方々や、砂漠の南にすむリザードマンの方々と交流を持つようになりました。何かの間違いで衝突などがある前に、話し合いの場を設けたく思いやってきた次第です」
「交流……? そんな話を信じろというのですか? 基本的にガルーダは空を飛べぬものを敬うことはありませんし、リザードマンは強き戦士だけを認めます。あなたたちがその両方を満たすとは思えません。本当の目的を話しなさい」
いきなり来て信じてくださいというのも虫のいい話だ。
当然の塩対応である。
「噓ではありません。ええと、その、私は空も飛べます」
頭上の障壁を消してまっすぐに浮かび上がったハルカを見て、ラミアたちはぎょっとする。意図的ではないにしても、ラミアたちの心を揺さぶることには成功してしまった。
「砂漠にある街の跡には、ガルーダやコボルトの仲間も来ていますから、一緒に来ていただければ確認することもできます」
「ここで私たちが来るのを待っていたのは、戦う意思がないことの証明のつもりですか?」
「はい。本来であれば外にいらっしゃるところで声をかけたかったのですが、どちらに住んでいらっしゃるか確証がなかったため、こうしてそれらしいところを探すことになってしまいました。勝手に入り込んだことは申し訳ありません」
ハルカが床に降りて頭を下げると、正面に立ったラミアは俯くようにしてしばし考えて口を開く。
「……私たちと仲良くなりたいのですよね?」
「はい。今後争いなくやっていけたらと」
「でしたら、役に立ってもらいましょうか」
目を細めてにっこりと笑ったラミアは、天井を指さした。
一緒にきた者たちの一部はざわついているが、交渉役のラミアは気にせず続ける。
「近頃この辺りに半魚人たちが増えていることはご存じですか?」
「はい。この辺りはまだましな方で、西へ行くとさらに数が多くなります」
「そうなんですか。……とにかく、その半魚人に私たちは困っているんです。私たちとて少ない数ならばなんとでもなりますが、あれは次々に集まってきますからね。この辺り一帯を一度きれいに掃除していただけるのならば、お話くらい聞いてもいいですよ?」
利用をするだけして相手にされない可能性はあるけれども、交渉の余地がない今よりはましだ。それに半魚人たちが増えて南下してくれば、結局ハルカたちも対応せざるを得なくなる。
この辺りで北東の海岸を大掃除しておくのも悪い手ではなかった。
「……なるほど、分かりました。私たちとしても半魚人が増えすぎている状況は問題があると考えています。一度地上へ戻り仲間と相談します」
「……良いご報告を待っていますね?」
ハルカは元来た穴から立ち去るために障壁をはずす。
完全に背中を向けて歩き出すが、ラミアたちから攻撃が飛んでくるようなことはなかった。
罠などではなく、本当にただ利用しようとしているか、あるいは力を試そうとしているらしいとわかり、ハルカはほっとした。ここで攻撃なんかされようものなら、レジーナが大暴れするのを止めることは難しい。
「あの、また来るときは同じ場所から来て、ここで待っていればいいですか?」
「そうですね。そのようにお願いします」
数歩進んだところで「あっ」という声がして立ち止まると、さらに追加でお願いが飛んでくる。
「外へ出たらちゃんと入り口は見つかりにくいようにしておいてくださいね? 足跡もきちんと消してください。……それから、次にいらっしゃるときは、皆さん揃ってどうぞ」
「わかりました。…………あの、大型飛竜も一緒にいるので、その子は多分入れないと思います」
「……言葉が話せる方だけで良いですよ?」
「あ、はい、わかりました」
ずいぶんと追加のお話が多い相手だった。
お互い急な話だったから仕方がないけれど、何か作為めいたやり取りでもある。
「なんか裏がありそうな人ね」
「モンタナとかコリンとか連れてきたいですね……」
「めんどくせえから全員殴ってから話しようぜ」
「それはなしでお願いします」
三人はらしい会話を続けながら、長い横穴を地上に向けて歩いていくのであった。





