古の遺産
ところどころに残っている足跡は半魚人のものだけだ。
それも現在進行形で風に吹かれて薄くなっているから、そういうものだと言われればそれまでなのだが、あまりにも他の生き物が暮らしている気配が薄い。
逆に言えば、普通にあってもおかしくない砂漠や緑地に住んでいるはずの生き物の気配もあまりないのが不自然であった。
それに本能的に気付いているのはレジーナだけで、眉間にしわを寄せながらあちこちを歩き回る。一方でハルカとカーミラは一応周囲の警戒をしつつただそれについていくばかりだ。
曲がりなりにも冒険者を続けてきたハルカは、それなりに追跡についての知識があるのだが、根本的に勘が鋭くないのでレジーナを探索のメインに据えて、見落としがあるようだったら声をかけようと思っている。
カーミラに関しては日傘をくるくると回しながら、冬なのに陽の光が強いなと考えているだけだ。本当にハルカと一緒のお出かけを楽しんでいるに過ぎない。
レジーナは端から二人に期待していないので、地面を見ながらあちらこちらに歩いていく。
しばらくしたころ、ある一点を中心に行ったり来たりを繰り返し、やがて一つの廃墟の前で足を止めた。
「ここだな」
そう言いながら適当に一帯を漁り、硬い草を束にして作られたほうきのようなものを見つけてハルカたちの足元に放り投げる。
「これで痕跡消してんだろ」
そうして今度は地面をガンガンと蹴りつけながら歩き回り、ある場所でぴたりと止まり瓦礫をどける。乱暴に放り投げるようなやり方だが、ハルカたちにぶつからないように気を付けてくれてはいるようだった。
あまり大きなものがなかったのか、すぐにその作業は終わった。
しゃがみこんだレジーナは、そのまま取っ手のついた鉄の板を力任せに持ち上げて瓦礫に立てかけた。
中に砂がいくらか入り込んだが、それくらいではとても埋まらない大穴だ。
急な階段が何段か設けられており、その先には長く暗い横穴が続いている。
レジーナは何も言わずに階段を降りると、振り返ってハルカを見て当たり前のように一言。
「灯り、早く」
「あ、はい」
要求されるがままに灯りを用意したハルカは、カーミラと共に穴の中へ降りていく。中はひんやりと冷たい空気が流れており、ここ以外にもどこか外へつながっている場所があることが分かった。
もしここだけが出入り口なのだとしたら、空気はもっと淀んでいるはずだ。
鉄板を戻した方がいいのだろうかと見上げているうちに、レジーナがどんどん進んでいくので、ハルカは慌てて鉄板を動かして穴をふさぐ。
空が見えなくなるとちょっとだけ不安だが、カーミラにとってはむしろ快適な空間になったことだろう。
天井の高さはハルカが少し腰をかがめるくらい。
アルベルトがいたらさぞかし動きにくいはずだ。
横穴はまっすぐにのびていて、左右は石で補強されている。
足元には少しばかり砂が堆積しているが、それでも完全に埋まっていないことで、この通路が何者かにきちんと管理されていることがわかる。
横穴は先に進むにつれて天井が高くなり、気付けばハルカが背筋を伸ばしても頭がぶつからなくなっていた。
それなりに長い距離を歩いていくと、やがて開けた場所へ出て、床や壁の材質ががらりと変わる。
今までも人の手が入っていることがわかる壁であったが、ここからはもっと手の込んだ大理石のようなつるっとしたものへ変わったのだ。
ホールからはいくつかの通路が延びていて、それらはハルカたちが来た穴とは違って、ここと同じくつるりとした素材でコーティングされていた。中心にはいつ作られたかもわからない噴水のようなものがあり、いまだに滾々と水が湧き出している。
「……これも、遺跡なんでしょうか」
呟いたハルカの声がやけによく響く。
それに反応したわけではないだろうけれど、通路の一つからずりずりと何かを引きずるような音がしてきた。
ハルカたちは一度やってきた通路へ戻り、やってきたものの様子をうかがう。
やがて暗がりの中から姿を現したのは、上半身が人の女性、下半身が蛇であるラミアであった。しかも五人一斉にやってきて、それぞれが両手に持っていたバケツで水を汲み、ぺちゃくちゃと世間話をしながら元の通路へと戻っていく。
会話の内容は最近の気候や、最近増えている半魚人のことなどで、何ら特別なことはない。
ただこれではっきりと分かったことは、ここがラミアたちの住処であるということだ。そうでなければあれほど気を抜いた日常的な姿を見せるはずがない。
「どうする? 殴って捕まえるか?」
「いえ、話をしたいだけなので」
もはやレジーナの提案にいちいち驚いたりしないが、もう少しおしとやかになれないものかと考えながら返答するハルカ。
「勝手に来たのに歓迎してくれるかしら?」
「微妙なところです。しかし、正面玄関がどこかも分からないですし、仕方ないんじゃないかなと。どうやらここが水くみ場になっているようですし、存在を主張しつつ誰かがやってくるのを待つことにしましょう」
「攻撃されたらどうする?」
真っ先に戦いに意識が行くのはレジーナだ。
「とりあえず私が障壁で防ぐので、レジーナは一時待機をお願いします。いわゆる闇魔法が飛んできた場合、避けるなり防ぐなり、できそうでしたら各自でお願いします。私には効かないはずなので」
レジーナは首を斜めにしてやや不満そうな表情だが、嫌だと言わないので一応作戦には乗ることにしたらしい。
「地下なら私も調子がいいから、何かあったら頼ってくれてもいいわよ?」
「いらね」
「そう?」
太陽が見えなくなってご機嫌のカーミラからの申し出だったが、レジーナはじろりと睨んで拒絶する。特別仲が悪いわけではなく、レジーナはいつもこんなものである。
それがわかっているのでカーミラも軽く受け流して話は終わりだ。
三人は再びホールの中へ入り、ハルカが灯りの光量を上げる。
こうしておけば、どこの通路からでもやってくるものがいれば、何かが入ってきていることに気が付くことだろう。警戒されるかもしれないけれど、突然遭遇するよりはあちらとしても心の準備ができる。
何もしないよりはましなはずだ。
「さて、では待ちましょうかね」
「そうね」
座り込んだハルカの横にカーミラが寄り添い、レジーナだけは立ったまま腕を組んで通路を睨み続けるのであった。





