運び屋さん
準備をしたら一晩休んでからナギに乗りこむ。
元の世界には猫が車の陰に隠れている、なんてことがあったが、ここではナギのどこかにコボルトがのっかっていないかだけ気をつけなければならない。
全体を十分に確認してからナギの背に乗り込むと、後からカーミラとユーリがそれぞれ一人ずつコボルトを抱えて登ってくるのが見えた。抱かれているコボルトはといえば、ベロを出したままされるがままになっている。
「……置いていきましょうね? 何かあると困るので」
「一緒に行きたいって」
「そうなのよね」
よく見てみれば抱っこされている二人は、平原でハルカたちを見つけたコボルトだ。
「……危ないかもしれませんよ?」
「気になる」
「王様いれば大丈夫」
「うーん……。ええと、ちゃんと二人が見てあげるならいいですよ?」
あれだけ怖いものから逃げ回っていたのに、外を見たいという気持ちが起きるのは大したものだ。それほど危険な移動になる予定はないし、用事が終われば一度ここには戻ってくる。
あまり外のものと触れ合う機会がないカーミラとユーリが、ちゃんと見ているというのならば許可を出すのもやぶさかではない。
「大丈夫」
「ちゃんと世話するわ」
「えっと、それじゃあ……、念のため武装だけしていきましょうか」
「とってくる!」
折角コボルト専用の魔素砲があるのだから、装備していかない手はない。
足をばたつかせた二人のコボルトは、地面に降りるとそのまま塔の中へ入り、ベルトをつけて魔素砲を腰に差して帰ってきた。表情はどこか得意げだ。
城壁の上とか街の周りでうろうろしているコボルトたちと同じ装備である。
やってきたメンバーで、そのままナギに乗って〈ノーマーシー〉を出発。
中型飛竜たちはしばし留守番だ。
必要な食料類は、ハルカが障壁で作った輸送用の巨大な箱に積んでいくので、ナギに負担はかからない。普通は船で運ぶような荷の量だから、商人からすれば喉から手が出るほど欲しい能力だろう。
さて今回は西の砂漠ではなく、北の海岸線沿いにぐるりと飛んでいく。
少し時間がかかるけれど、〈混沌領〉の北西部に大量発生していた半魚人がどこまで広まっているかを確認するために必要な大回りだ。
幸い人魚たちの活動範囲には出現していないようだけれど、あの規模だったらいつやってきてもおかしくない。場合によってはハルカたちが直接数を減らす必要がある。
一日目にずっと北へ向かってみた限りでは、半魚人の群れのようなものは見当たらない。これならば多少の余裕はありそうだなと、翌日から進路を西に向けると、やがて木々が減り、広い砂漠が見えてきた。
砂漠は海の上同様方角を見失いやすいのだが、空を飛んでいると遠目に山脈を望むことができるのであまり困ることはない。
実際竜がいない場合、この広い砂漠を踏破するのはかなり大きな危険を伴うだろう。例えば人族が西からやってきた場合は、時間はかかっても海岸線を通ることになりそうだ。
他所からの防衛を考えれば北の沿岸に半魚人たちが暮らしているのは、そう悪いことではないのかもしれない。
砂漠で一泊。
その間に巨大なワームのような魔物に数度襲われることがあったが、いくら巨大と言えども大きさはナギほどではない。ワームが出てくる前には地面が揺れるのだが、ナギはその震動を追いかけて頭を動かして飛び出てくるのを待っている。
勢いよく飛び出してきたワームが最初に見るのは、ナギが開けた大きな口だ。
ナギがその口をバクンと閉じると、ワームは体を二つに分断されて地面をのたうつことになるのだ。
ナギは仕留めた獲物をハルカたちに見せると、そのまま普通に食事を始める。
着陸する度にそんな光景が見られるのでハルカたちもすっかり慣れてしまったが、小さくて五メートル、大きいと十メートル近くある魔物というのは普通に脅威である。
巨人たちが長年砂漠に侵攻しなかったのは、足元が悪いことと、この気色の悪いワームが生息しているためであった。
かなり気を付けてラミアの住処らしい場所を探していたハルカたちだが、結局それらしいものを見つけられないまま山へとついてしまった。
着陸したのは儀式場で、食料も全部ここに置いていく手はずになっている。
ナギの姿が目立つから、わざわざ連絡しなくてもガルーダたちはあちらからやってくる。小一時間も待っていると、ルチェットが幾人かのガルーダを引き連れて空からやってきた。
「おー、これが冬の分の食料か。すげーな、どうやって運んだんだよ」
「こんな感じで運びました」
ルチェットのシンプルな疑問に対して、まだ障壁の魔法を解いていなかったハルカは、それを一度に空へ浮かせて見せる。
ガルーダたちは口をあんぐりと開けてみせたが、ルチェットだけは乾いた笑いを漏らすにとどまった。
「やっぱ無茶苦茶だ。でも助かった。これで冬を越すのに困る奴もいなくなるだろうぜ」
「余剰な食料が多いので」
「しかし世話になりっぱなしってのもな。今回の件で俺たちガルーダも、山ごとに分かれるんじゃなくて全体で相談することが増えた。移住して農業手伝うって話に前向きな若者も結構いるぜ?」
「良いことですね。互いに手を取り合って足りない部分を補えるといいなと思っています。ところで、こちらでラミアの人たちが住んでいる場所を知っている人がいたりしませんか?」
「……ラミアか。砂漠でも割と海に近い場所に、昔の街の跡みたいなのがあるんだよ。その辺に住んでるって聞くぜ。他にもちらほらいるらしいが……空から見てもあまりラミアの姿を見ることはないんだよな」
頼られた割に情報があまりはっきりしたものではないせいで、ルチェットとしてはどうしても歯切れが悪い。
しかしハルカからすれば十分すぎるほどの情報だった。
「ありがとうございます、帰りはそれを参考に探してみます!」
「お、おう」
手を取ってお礼を言うと、ルチェットは少しだけ体を引いて指で嘴を掻いた。
食料をこれだけ貰った対価としては全然釣り合わない。
もうちょっと偉そうにすりゃあいいのにと思いながらも、ハルカの態度に悪い気はしないルチェットであった。





