千百三十八話目 コボルトの畑
上空を悠々と飛んでいくと、畑から空を見上げているコボルトたちの姿が見える。
ほとんどのものが口を開けており、時折のけぞりすぎてコロンと後ろに転がるものもいる。
「かわい……」
「なにあのかわいいのは……」
ユーリとカーミラにはその姿が見事に突き刺さったようであった。
リザードマンの戦士たちは、なんだか頼りなさそうな生き物だなぁと考えていたが、女子供が喜んでいるところに野暮なことは言わない。彼らは結構気が使える方なのだ。
どうやらコボルトたちは、メインの小麦栽培は終わって、今は冬に収穫できる緑色の野菜の世話をしているようだ。彼らが一年通して様々なものを育てられるのは、かつてここへ導いた博士が、その体系を作り、コボルトたちに叩き込んだおかげである。
生活すべての基盤を作った博士は、やはり立派な人物であったのだろうというのがハルカの感想である。
律義に与えられた生活様式を守り続けているコボルトたちは、年々数を増やして耕作面積を広げ続けていた。
彼らは建築能力にも優れており、街の内外には貯蔵庫が大量に立ち並んでいる。
低温低湿の地域であるから保存も簡単で、気にするべきは虫や鼠が紛れ込むことくらいだ。
畑でころころと転がるコボルトたちを眺めながら、ナギは上空をぐるりぐるりと回って、ゆっくりと城壁の内側へと着陸する。前にもここで過ごしていたので、ここに降りるものだと覚えていた。
ナギに続いて中型飛竜たちも降りてくると、かなり広いはずの城壁内も手狭に見えてしまう。
コボルトたちはあちこちをうろうろしているが、以前ナギに会ったせいで竜を見慣れてしまったのか、あまり怖がる様子もない。まずないことだが、全然関係のない飛竜が突然襲ってきたりしたら被害は大きくなりそうだ。
寒空の下に現れたのは、ファーコートのようなものを纏ったウルメアと、いつもと変わらぬ様子のニルだった。
「陛下! こりゃまた随分とたくさん竜を連れてきたなぁ!」
「はい。〈ノーマーシー〉とうちの連絡係にしようと思いまして。移動先にいくつか中継地点も作ってきました」
「準備のいいことだ。……で、こいつらは?」
つれてきたリザードマンの戦士たちを見て、ニルは笑いながら尋ねる。
わかっていて聞いているのだ。
「里の外に出てみたかった皆さんです」
「だろうなぁ? よーしよく来たな。おいおいここの規則は叩き込んでやろう」
腰に手を当てて笑うニルに、リザードマンたちが挨拶をして、さっそくあれこれと質問が飛び交う。
その間に腕を組み、不機嫌そうな表情のままウルメアが近寄ってきた。
衣服のせいもあってか、なんだかセレブな美女っぽい雰囲気である。
「久しぶりだな。街に備蓄されているものと、これからのおおよその収穫物を書面化しておいたから確認するといい」
「ありがとうございます。早速ですが相談がありまして……」
「王様元気?」
「王様ご飯食べる?」
ハルカがガルーダの件を話そうとしたところで、コボルトたちが群がってきて口々に挨拶をしてくる。彼らなりにハルカのことを思っての発言と行動だが、ややタイミングが悪い。
ちなみにレジーナは降りてきて早々コボルトたちに囲まれていたが、無視してすたすたと街の方へ歩いていってしまった。足にまとわりついてくるコボルトは無視である。
それでも何が面白いのか、コボルト集団の一部はレジーナの後を小走りでついていった。ハーピーといい、レジーナは小動物に懐かれやすいようだ。
「これ誰?」
コボルトのうちの一人がユーリとカーミラに気づくと、その周りに一斉にコボルトたちが集まっていく。
「ええと、こっちがユーリで、こっちがカーミラです。私の仲間なので仲良くしてください」
「そっかー。王様の仲間なんだー」
小さい人間を見るのが珍しいからか、ユーリの方がたくさんのコボルトに囲まれているが、二人とも穏やかに笑っている。上から見ていたもこもこのコボルトたちにたかられて機嫌はすこぶるいい。
コボルトたちの注目が二人へ移ったことで、ハルカが話を再開しようと顔を上げると、ウルメアがじっとカーミラのことを見つめていた。
「……どうしました?」
「あれがカーミラか?」
「ああ、はい、そうですね」
ウルメアには迷いの森で静かに暮らしていたカーミラを利用して、王国の街を占領しようとした過去がある。ある意味因縁の相手でもあった。
話が聞こえていたのか、一人のコボルトを抱き上げていたカーミラが、ふとウルメアに目を向ける。そっともこもこを地面に下ろしカーミラがゆっくりと歩き出すと、あれだけ足にまとわりついていたコボルトが道を空けた。
「あなたがウルメア? 私はカーミラ=ニーペンス=フラド=ノワールよ。あなたには思うところが色々あるのだけれど……」
カーミラは歩みを止めずにウルメアの眼前まで顔を寄せる。
ウルメアが思わず身を引くと、カーミラはさらに顔を寄せて目を細めた。
今のウルメアは人の力しか持たない。
そうでなくとも、カーミラは吸血鬼の王たるノワールの血筋を持つエリートであり、千年を生きる吸血鬼である。忘れられがちであるが、千年を生きた吸血鬼というのは、この世界に存在する様々な強者の中でも最上位に君臨する存在である。
ウルメアは聞いていた話からカーミラのことを軽く見ていたけれど、戦いが嫌いなことと、存在として強者であることは別の話になってくる。
「あなたのお陰でお姉様に会えたとも考えられるから、許してあげるわ」
「……恩に着る」
勝手に声が震えていたことに気づき、ウルメアは情けなさに腹が立ってきたが、それをぶつける相手もいない。
カーミラも争いごとは嫌いだ。
しかしウルメアは、カーミラを駒として利用するためだけに、騙し、生き方を捻じ曲げさせた張本人だ。結果が良かったからいいものの、別の結末をたどっていれば争いになっていてもおかしくない相手である。
「大丈夫ですか?」
背中にハルカの声がかかると、カーミラの気持ちはふわりと浮き上がった。
そして、先ほどの言葉の通り、まぁ、良いかなと軽く思えてくる。
「大丈夫よ、お姉様」
にっこりと笑い、ハルカの傍らにすり寄っていくカーミラ。
ウルメアにとってハルカは比較的御しやすく話しやすい相手だが、周りにいるものまでそうであるとは限らない。
どうせなら他のやつらを抜きにして話ができれば楽なのに、と考えてしまうウルメアであった。





