お花の準備
街の友人知人たちに話をつけて拠点へ戻ったハルカは、翌日からフロスに声をかける。コリンの言っていた花束は色とりどりの様々な花からなるものだと聞く。ノクトの言うことを信じるのならば、治癒魔法を使えば予定の日程に花を咲かすことができるはずだ。とにかく季節問わずにいろんな花の種を集めるためには、植物に詳しいフロスの協力が必要だった。
普段は畑仕事ばかりしているフロスはハルカに声をかけられると酷く戸惑っていたけれど、事情を聞くとぐっとこぶしを握り「俺で役に立てるのなら」と使命感を帯びた顔つきになった。
頼みごとをされるのが珍しいので、ここぞとばかりに気合いが入ったようである。
この話を教えてくれたノクトを捕まえて、まずはフロスが確保している種を貰い試してもらう。
「得意じゃないんですけどねぇ……」
ノクトは治癒魔法を使用するときに、時間を巻き戻すようなイメージを持っている。もう少しイメージを近づけるのならば、外因によって変化したものを無かったことにする、なのだが、その辺りはあまり人に話したりはしない。
種を板の上に乗せたノクトは、脳内に成長促進のイメージを作る。
あらかじめフロスから花の色や形まで聞き、ハルカが頼み込んで借りてきた植物図鑑に描かれた絵を眺め、それをより現実に近付けていく。じっくりと植物の成長を拝んだことはないが、なんとなく芽が出て、茎と葉が伸び、やがて蕾から花が咲くことくらいはノクトも知っていた。
ほぼ初めての試みだが、弟子の前でできるかわからないとは言えないノクトである。
そんなノクトの気持ちなど露知らず、二人は魔素を種に送り込む様子を息を止めながらじーっと眺める。
やがて僅かに吹く風にかき消されてしまうくらいの小さな音がして、種から芽が出て、ゆっくりと成長を始めた。
数十秒から数分。
目を奪われていてハルカははっきりとわからなかったが、少なくとも人の傷を治すよりはじっくりと時間をかけてピンク色の花が咲く。するとノクトはほうっと息を吐きながらゆっくりとかざしていた手をよけて汗もかいていない額をぬぐう仕草をした。
「こんなものです。ハルカさんはいつも人が元来持つ治癒能力を促進する形で魔法を使っているはずです。私よりはきっと楽に花を咲かせられますよ」
ノクトは茎をつまむと、近くに用意しておいた花瓶に花を挿して何事もなかったかのように言った。単純なハルカはそれでまた、やはりノクトはすごいと大納得である。
ノクトにとってのハルカは、異常な能力を持ってはいるものの、素直でかわいらしい弟子であることに違いない。尊敬のまなざしにはノクトもこっそりご機嫌だ。それなりに疲労感はあるが、慣れぬことをしたのだから当然のことである。
とりあえず花を咲かせられることを確認した三人は、森の中を時にのんびりと、時に空を飛びながら花の種や球根を探して回る。とにかくいろんな種類を集めて、当日までに花を咲かせる必要があった。
ついでにコリンにはぎりぎりまで見せるつもりがないので、準備した花瓶などは畑作業をするための掘立小屋の近くに隠してある。
丸一日と翌日までかけて、〈黄昏の森〉からリザードマンの里までうろつきまわった三人は、それぞれ違う形の種を集めてきた。七割がたはフロスに聞けばわかるのだが、残りの三割は図鑑だよりである。
残りの三割の中にはあまりきれいな花が咲かないものや、生き物の蛹みたいなものも含まれていたのはご愛敬というやつだ。
そんなこんなで、森の拠点にいる全員が、会場の設営やらその他もろもろの準備を進めていたのだが、手持無沙汰になるのがコリンとアルベルトである。
のんびりしててと言われても、皆が慌ただしく動いているとそわそわしてしまう。
しばらくは全員の動きを気にしていた二人だが、やがてボーっとしていることに飽きたアルベルトはレジーナを誘って訓練を、コリンは呆れて笑いながら書類仕事をはじめてしまい、一応いつも通りのような数日を送っていた。
ちなみにレジーナは森での狩りを頼まれていたけれど、上位の冒険者が数人集まれば、あっという間に魔物の肉が山ほど集まってしまう。彼女もまた暇を持て余していたのでいい感じに役割が巡ってきて却ってよかったのかもしれない。
問題があるとすれば、相変わらず二人とも怪我をするので、その度にハルカが治癒魔法をかけに行かなければならないところぐらいである。
慌ただしいような待ち遠しいような毎日が過ぎていき、ついに前日の夜がきた。
昼過ぎからコリンとアルベルトの家族を迎えに行ったハルカが、ナギの背に乗って森の拠点へ帰ってくる。
ショウが謝りたいらしいとまでは聞いていたが、どんな調子なのかは聞いていないので、待っているコリンはやっぱり少しそわそわしていた。
連日ふわふわと気持ちが落ち着かない日が続いてきたが、これはまたちょっと毛色の違った落ち着かなさである。
ナギから降りてきた二人の家族は、迎えに出てきたアルベルトとコリンの前に並ぶ。
全員がさりげなくショウの様子をうかがい、それに合わせてショウが一歩出ようとした瞬間、なぜかドレッドが先に前に出て口を開いた。
「コリン、悪かったな。俺も良かれと思って止めなかったことを反省してる」
「え、いや、別に……。ドレッドさんのことは怒ってないし……。どうせパパがいつもみたいに押し切ったんでしょ」
「いや、俺も同意してた。すまん」
「……うん、わかった」
先にドレッドが前へ出たことでコリンの肩の力が少しだけ抜ける。
それでも自分が全部と思っていたショウは不満そうにドレッドを見た。唇を少し尖らせた表情は、古くからの友人相手だからこそ見せる顔である。
大人としてはいかがなものかというところだが。
「コリン、私からも謝らせてほしい」
しかし時を空けるのも悪手だと判断したショウはずいっと前へ出て言った。
ドレッドの時とは違って、コリンは先ほどのショウのように唇を尖らせて明後日の方に視線を向けている。
ショウは当然そんなことでは怯まない。
視線が合わなくてもコリンの表情を見つめながら、あらかじめ考え、用意してきた言葉を紡いでいくことにした。





