ずっと
「アル! ちょっといいですか?」
刀と剣の使い方の違いについて話し合っていた三人組の下にハルカが現れる。
ハルカが少し離れた場所から声をかけるのは珍しいことだ。いつもだったら近づいてきてから相手が何をしているか確認し、問題がなさそうだと判断してから自分の話を始める。
だからこそこれは何かあったなと、アルとユーリはぴたりと会話をやめた。
「どうしたでござるか?」
「いや、なんか用事あるみたいだから、話はまたあとでな」
「ふむ……では拙者は畑仕事でも手伝ってくるでござる」
雰囲気はわからなくても空気は読める。
できる男リョーガは首を左右に倒し、腕を回しながら畑の方へのんびりと歩き出した。
「あ、すみません、お話の途中で」
「気にしないでいいでござるよ」
後ろを向いたまま手を挙げたリョーガはそのままふらっと立ち去っていく。
つい興奮して遠くから声をかけてしまったことを反省していると、ユーリがハルカの手を取り、アルベルトも立ち上がってハルカを見た。
「んで、そんなに慌ててなんだよ」
正面に立って改めてアルベルトを見たハルカは、随分と背が伸びたことを実感する。ハルカよりも頭一つ分は大きく、いつの間にやら体もがっしりと分厚くなった。
顔はまだ少年らしさが残っているが、いずれはドレッドのように成長していくのだろう。
「……なんだよ、人の顔見て」
「あ、すみません。ええと、ちょっと一緒に来てください。ユーリも話の途中で邪魔してすみません」
「また聞くから大丈夫」
急いできた割にぼんやりと立ち止まったりと、二人からすればやはり今日のハルカは様子が変なように見える。慣れないことをしているので当然と言えば当然なのだが。
「アルはドレッドさんにたまに会ってるんですよね?」
「まぁな」
「コリンがショウさんに会ってないのは知ってます?」
「知ってる。意地張ってんだろ」
「私は二人に、以前のような関係に戻ってほしいんです」
「まぁ、その方が面倒くさくなくていいよな」
「そのために、アルにはきちんと告白をしてほしいんです」
目を丸くするアルベルトの顔を見て、ハルカは焦りのあまりちょっと説明を飛ばし過ぎたと自覚する。
「あー……、まぁ、そういやそうだな。あいつそういうの好きだもんな」
しかしアルベルトから返ってきた答えは意外なものだった。
バツが悪そうな表情で頬をかきため息を吐く。
「あの、良いんですか?」
「何がだよ。それで仲直りできるんだろ?」
「はぁ、まあ、その、条件を一つ満たせるような感じです」
「じゃあやるよ。ショウさんに悪いし、コリンだって中途半端なままじゃ気分悪いだろ」
そうと決めたらアルベルトはすぐに歩き出す。
ハルカはてっきりもうちょっとごねると思っていたので、本当に予想外の動きだ。
「アル、かっこいいね」
「そうか? こういうもんだろ。結婚してんのに告白してないのがかっこ悪かっただけだけどな」
そこでハルカはハッと気づく。
コリンとアルベルトは幼いころから二人セットで育ってきたのだ。
コリンが意外とロマンチストであるように、アルベルトもまた、それを構成する要素を経験して育ってきている。
コリンよりは自分に対する感情の割り切りがはっきりとしているだけで、考えが理解できないわけではないのだ。
こうなればもう放っておいてもうまくいきそうだ。
ハルカとユーリはずんずんと歩いていくアルベルトの後にただついていくだけだった。
アルベルトがノックもなしにドアを開ける。
「ホントに連れてきた……」
「来ちゃ悪いかよ」
「来ると思わなかっただけー」
これから告白するって話をしているのに、いつも通りのやり取りだ。
ひらひらと手を振るコリンに、アルベルトはそのままずんずんと近づいていく。
コリンは何事かと思いながら真横に立ったアルベルトを見上げる。
いつもとはちょっと違った雰囲気と、先ほどまでの話のせいで、不覚ながら少しどきどきとしてしまっていた。
「な、なに?」
「コリン、お前ちゃんとショウさんに会えよな」
思っていたのとは違う言葉に、コリンの機嫌は急降下した。
眉間にしわが寄り、文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、アルベルトがしゃがんでコリンと目を合わせる。
至近距離に顔が来たことで怯んだコリンにアルベルトは言った。
「あんまり拗ねんな。元からお前以外と結婚する気なんかねぇよ。一緒に世界中まわって、色んなもの見て、そのうち子供にその話してやろうぜ」
「な、何急に」
「急じゃねえよ。コリンが一緒に冒険者になるって決めた時から、ずっと一緒に生きてくんだって思ってた。……つーか、お前、俺が相手だから怒ってるわけじゃねぇだろうな」
「それは違う! けど!」
「じゃあいいじゃんか。俺、コリンのこと好きだぜ。昔からずっと他の女好きになったことないし」
「噓だー……」
「噓じゃねぇよ」
言われてみればアルベルトは、きれいな女性に出会っても目移りするようなことは今まで一度もなかったとハルカは思う。というか、モンタナもアルベルトも、そういった女性関係のトラブルを起こしたことが一度もないのだ。
青春真っ盛りでお金もあるのに、夜の街に繰り出すことすらない。
他の冒険者がよくそういった下世話な話をしていても、適当にあしらって混ざることもなかった。
「っていうか、お前はどうなんだよ。年上が好きなんじゃねぇの?」
「いや、別に、そうだけど、そういうのじゃないし……」
「何? 聞こえねぇんだけど」
俯きながら小さな声で呟くコリンに、アルベルトがさらに顔を寄せる。
するとコリンは両手を前に出してアルベルトの顔を押しやって立ち上がる。
「あー、分かった分かった! パパが謝ってきたら仲直りする!!」
「いや、聞いてることに答えろ」
「うるさーい! ちょっと外に行ってくる!」
「は? おい、逃げんな」
「追いかけてこないで!」
コリンが部屋の外へ飛び出していくと、その後をアルベルトが追いかける。
残された三人は、互いに視線を交わしてどうしようかと相談だ。
「ええと……、街に行ってショウさんをお連れしようと思うんですが、どうでしょうか?」
「ごちそう用意する?」
「あ、そうですね」
ユーリの問いかけにハルカは大きく頷く。
仲直りが済んだのならばついでに祝言のようなものも挙げてしまいたい。
「街の人にも声かけるですか?」
「そうですね……。忙しい人もいるでしょうし、朝早くに始めて、遅くとも夕暮れには送り返せるようにしましょうか。ええと、まずは日取りを決めましょう」
三人はああでもないこうでもないと話しながら、拠点の台所を見てくれているシャディヤの下へ向かう。
どこかでゆっくりとお話をしてきたらしいコリンとアルベルトが拠点へ戻ってきたころには、拠点全体がすっかりみんなお祝いムードになっていたのは言うまでもないことである。





