ハルカ頑張る
「その言い方ですと、仲直りすること自体は嫌ではなさそうですけど……?」
「えー、ちょっとやだ」
「ちょっとやだ、くらいなんですね?」
人の怒りなんて長く継続させるのは難しい。
ましてやもともと仲の良かった親子なのだから、半ば意地になっているような状況だ。
珍しく前に乗り出して確認をしてくるハルカに、コリンは視線を横にそらしながら答える。
「そうだけど……」
「あちらから謝りに来たら仲直りできますね?」
「それはパパの態度次第だけどー……」
「わかりました、連れてきます」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ! どうしたのハルカ。今日は随分ぐいぐい来るじゃん」
今回の件でのコリンの胸中は複雑だ。
まず第一にアルベルトと結婚するだろうなぁという漠然とした気持ちを、家族全員にまるっと見抜かれていた恥ずかしさ。
さらにいつか来るであろうと内心楽しみにしていた、告白みたいなものを全部すっ飛ばされてしまった腹立たしさ。これは当たり前のような顔をしているアルベルトに対してもちょっとだけあるけれど、今回は被害者なので責めるわけにもいかずもやもやしている。
もうすっかり自立しているのに、子ども扱いされていること。
自分の将来を勝手に決められてしまったこと。……たとえいつかそうなっていたとしてもだ。
自分はそこまで聞き分けが悪いわけではないし、しっかりと説明して、説得してお願いしてもらえれば、自分でちゃんとアルベルトと相談して同じ結果をたどれたという気持ちがある。
勝手に婚姻届けを出されたという事実は、コリンにとってはショウが自分のことを信用していないという証明でもあった。裏切りに近い感情を覚えるのも仕方がない。
時間をかけて少しずつ気持ちを消化しているけれど、どれもが少しずつわだかまりを残しているから、じゃあ今すぐと言われるとなんとなく及び腰になってしまうのだ。
「わかりました、待ちます。ではなぜコリンが仲直りを渋っているか教えてください」
「……恥ずかしいから嫌かも」
「そう言わずに」
「モン君ハルカに何か吹き込んだでしょー?」
「素直になるよう言っただけです」
「はぁ……、なんでそんなに仲直りさせたいの」
コリンが尋ねるとハルカの眉尻がへにゃりと下がる。
急に悲しそうな表情を見せられてコリンはぎょっとした。
「……私は、小さな時から両親と微妙に距離を置いてました。上手くいかないこともありましたが、両親なりに大事に育ててくれたのだと今では理解しています。大人になって、忙しさにかまけて顔も見に行かない日が続いたある日、二人は一緒に事故に遭って亡くなりました。私の手元にある両親からの最後の連絡は、旅行先の景色のものでした。最後に思い出す顔は数年前のもので……。遺影……、両親が健在だったころの絵ですね……。それを見て、ああ、こんな顔をしていたなと思ったときに、長らく会いにいかなかったことを酷く後悔をしました」
思い出すだけで自分が大嫌いになってしまう。
目を閉じるとぽたりと涙が一粒こぼれて、ハルカは目元を袖で拭った。
「仲直りしてほしいのは私の我がままです。コリンは私よりもずっとご両親と仲良くしているように見えました。互いに何があるかわからない毎日ですから、早く仲直りしてもらえればと思ったんです。……なので、もし抵抗があるのなら、その気持ちを一つでも解消できればと」
「えっと、な、仲直りしようかなー?」
これは恥ずかしい理由もちゃんと話さないとまずいぞ、と悟ったコリンは、ここにいたってそれを告白するよりもさっと父親と仲直りをする方がいいんじゃないかと察して、方針転換を図る。
「いえ、理由を聞かせてください。わだかまりを残したまま形だけ解決しても仕方ありませんから」
「だ、大丈夫だから……」
「いえ、協力させてください」
「モン君……」
決意を固めているハルカは引かない。
コリンはこんなところで意志の強さを見せてくれなくていいのに、と思いながら隣に座るモンタナに助けを求める。
モンタナはちらりとコリンとハルカを順番に見てから、耳をぺたんと伏せて尻尾の毛を整え始めた。僕には説得できませんの分かりやすいポーズだった。
「……はぁ、わかった、わかったけど笑わないでよね」
諦めたコリンはつらつらと理由を語る。
父親との関係の話から、言葉を一度止めてから、アルベルトへの思いに関しても顔を赤くしながらぼそぼそと告白した。笑うなと言ったけれど、終始真面目な顔で頷かれるのもそれはそれで恥ずかしい。
むしろ茶化してもらった方がまだましだったかもしれない。
そう思いながら語り終えたコリンは、すっかり精神的に疲労して、ひじ掛けに体を預け顔を伏せていた。
「これで終わり……」
「わかりました」
すっくと立ちあがったハルカは、つかつかと歩いて部屋の扉へ向かう。
「どこ行くのー?」
「ちょっとここで待っていてください」
「え、ちょっと、ホントにどこ行くの?」
「大丈夫ですから、コリンは休んでてくださいね」
妙な使命感を持ったハルカが、部屋の扉を開けて足早にどこかへ消えていく。
コリンは口を開けたままそれを見送り、モンタナは相変わらず尻尾の毛づくろいをしている。
「……ハルカ、どこ行ったと思う?」
「聞きたいです?」
「聞きたくない。……いや、やっぱり聞く」
半ば確信を持っているコリンは、モンタナと答え合わせをする。
「アルのとこだと思うです」
「やっぱり!? と、止めてこようかな」
「諦めたほうがいいです。外で騒いだら観客増えるだけです」
「あー、そうだよねー……。はぁ、モン君こうなるってわかってた?」
「…………ここまで強気になるとは思わなかったです」
「じゃあ止めてよ」
目を逸らすモンタナ。
「……モン君ってハルカに贔屓するよね」
「してないです」
「してるよ、絶対」
はぁ、と大きなため息をついたコリンだが、心のどこかでハルカに説得されたアルベルトが、どんなことを言ってくれるのか、ほんの少しだけ楽しみにしていた。





