伝える勇気
「ほう、悪くないな。しかし、もうちょっと頻繁に使ってやった方がいいんじゃないのか?」
モンタナが案内すると、言葉とは裏腹にアレジア老の声のトーンが一段階上がった。こんな森に囲まれた場所でまともな設備があったことに喜びが隠せなかったようだ。
武器の整備や、小物を作る時にモンタナが使っている工房だ。
一先ずはここを使ってもらい、必要に応じて拡張していく予定だ。
「今すぐ必要なものはありますか?」
「いや? おいらの道具を広げさせてもらえればいつでも作業ができるな。もう少し広くして居住空間もあると尚いい。ご立派な建物よりも作業場で毎日を過ごしたい」
「わかりました、手配しておきます。何か他に要望があれば……」
「いやいい。そんなことより道具を広げて具合のいいようにしちまいたい。しばらく一人にしちゃくれないか?」
「……わかりました」
せかせかと動き始めてしまったアレジア老を見て、ハルカとモンタナは顔を見合わせてからそーっと工房から出ていく。
普通の雇い主であれば無礼ともとるような動きであるが、ハルカたちからしてみれば頼んできてもらった相手だ。これくらいの方が職人として頼りになる。
屋敷へ戻る途中、ユーリがアルベルトとリョーガに挟まれて棒を振り回していた。
剣の訓練というよりは、楽しそうに遊んでいる気配がする。
ユーリがどんなふうに棒を振り回しても的確に受け止めるのは、流石剣で戦う二人である。
「ハルカ、街で何かあったです?」
光景を立ち止まって眺めているハルカにモンタナが尋ねる。
上の空とまではいかないけれど、ずっと何かを考えていることが気になったらしい。
「実は街でショウさんとドレッドさんに会いまして、コリンはいつ仲直りをするのかなと」
「そですか。仲直りしてほしいです?」
「はい。もともと家族仲は良いようでしたし、人にはいつ何があるか分かりませんから」
「伝えたですか?」
「まだ許さないって言ってました」
街に行ったときにそれとなく話を振ってみたことがあったが、コリンの態度は頑なだった。ハルカとしてもそれ以上説得できずに引いてしまった経緯がある。
「あまり強く言うのも、余計なお世話ですし……」
「……同じです」
ハルカの言葉に短い言葉が返される。
その意図が理解できずにハルカが首をかしげたところで、モンタナは続ける。
「コリンが仲直りしないのも、ハルカがコリンに強く言わないのも、何かあった時後悔するのは二人とも同じです」
後悔するとわかっていてなぜ強く言わないのか。
理解しているのに言わないのは、より悪いことなのではないか。
モンタナはそこまで言っていないけれど、ハルカは勝手にそう受け取って胸の前で拳を握って俯く。
「僕はコリンの自由だと思うですけど、ハルカがそう思わないのなら話すべきです」
「そ、そうですよね」
「うまくいかなかったら手伝ってあげるですよ」
先に歩き出したモンタナの尻尾が、くるっと動きハルカの手の甲を撫でていく。
ハルカはすぐにそのあとを追いかけて横に並び言った。
「あの、最初から同席してもらっても?」
「……別にいいですけど」
一人でやった方がいいんじゃないかと思いつつも、拒否するほどの意見ではないため、モンタナはハルカの情けない申し出を了承した。
コリンの部屋を二人そろって訪ねると、丁度帳簿をつけているところだった。すっかり執務室みたいになっているそこには書類の束がいくつかできている。
【竜の庭】の経理関係を丸投げした結果がこれだが、本人は楽しそうに処理しているのでこれは適材適所というやつである。
「え、どうしたの? モン君とかほとんどここに来ないのに」
ハルカは罪悪感からたまにお手伝いの申し出や、お菓子の差し入れに来るが、モンタナは、というか多くの武芸者は数字がたくさん並んでいる場所を好んで訪ねたりしない。
コリンは珍しい訪問客に「まぁ適当に座って」と言って、小ぶりのソファに二人を座らせる。
「ええと、大事な話がありまして……」
緊張した様子で切り出したハルカを、モンタナが横目で見上げる。ソファが狭いので、二人とも膝の上に手を置いてかしこまったような姿勢だ。
「待って、え、何? そういうこと? 気づかなかった!」
「……違うです」
「はい? 何がですか?」
二人が付き合ってるとかそういう話をされるのかと勘違いするコリンと、すぐに察して否定するモンタナ。そしていつも通り今一つ周りの思考速度についていけていないハルカの図である。
「ちょっと真面目な話を」
「ん? 別にいいけど……。何、改まってきて」
おふざけしていい雰囲気でないことに気づいたコリンは、出てくる言葉を予測しながら姿勢を改める。
「コリンとショウさんについてです」
「……それかー」
「そろそろ仲直りしませんか?」
「それって私から何も気にしてないような顔して会いにいけってこと? それは嫌。思い出すとまだ腹が立つし」
いざ切り出してみると、コリンの対応はスマートで、何が何でもという雰囲気はない。やりようによっては事の改善が図れそうな雰囲気がある。
これはと思ったハルカは本腰を入れて説得に乗り出すことにした。





