パパとパパ
大通りを歩いていると、あちこちから声がかかるけれど、ハルカたちの会話に耳を傾けるものはいない。いくらハルカが温厚だとはいえ、特級冒険者と一流の商会長の話を盗み聞きするのには相当な勇気が必要だ。
「一応確認しておくんだけど、コリンはまだ怒ってるんだよね?」
若干の期待が込められた視線から、ハルカがすっと目を逸らす。
「ごめん、変なこと聞いて。忘れてくれていいから……」
「落ち込むだけなんだから確認すんなよ」
「ドレッドはいいよね。アル君が街に来るたび顔出してくれてさー。同罪のくせにさー」
「お前にも会っていってんだろ」
「あのねぇ、アル君もかわいいけれど、そういう話じゃないんだよねー」
「めんどくせぇなぁ……。ハルカさん、めんどくさかったらこいつの言うこと無視していいからな」
二人は長年相棒をしているせいか、雇い雇われの関係である割に全く以って遠慮がない。そんなやりとりがどこか身近の二人と印象が被って、ハルカの緊張も少しほぐれる。
「いえ。お子さんの心配をするのは当然のことなので。結婚の件についても個人的には思うところはありません。ご家族なりに悩んだ末のことでしょうし。コリンもわかっているでしょうから、いつかは怒りも落ち着くんじゃないでしょうか」
「そうだといいなー……。でもあの子、誰に似たのか一度決めるとなかなか聞かないからなぁ」
「お前に似てんだよ」
「似てる? そう?」
嬉しそうに返答されて、ドレッドは馬鹿らしいと言わんばかりにため息をついて会話に入るのをやめた。
「ま、何にしても【竜の庭】が屋敷を受け取ってくれたおかげで、ようやくこうして接触してもギリギリ許されるかなって感じになったんだよ」
「どういうことです?」
「うん、力関係の話。ハン家は商会としては〈オランズ〉でも最大規模だけど、歴史は浅いんだよねー。何せ私が一代で作った商会だから。妨害が入ると面倒臭いし、縁故による暴力機関との関係も薄い」
それを言ったらそもそも【独立商業都市国家プレイヌ】も〈オランズ〉の街もここ百年の歴史なのだが、それはあくまでこの形態になってからの歴史だ。それ以前にも他の名前であったり、他の形態であったりで、この地に人は暮らしていた。
〈プレイヌ〉に元貴族である〈ドラグナム商会〉があるように、元を辿れば王国で長く商売をしてきたような商人がゴロゴロと暮らしているのだ。
そして彼らは街の裏の顔と繋がる線が太い。
南方大陸の【鵬】という国から、裸一貫でやってきたショウにとって、彼らは決して無視することができない存在であった。
「だからといって特定の勢力を頼って干渉されるのも不愉快だから、のらりくらりとやり過ごしてきたんだけどね。まさか娘たちがこんなに早く一級冒険者になって、特級冒険者と宿を作るのは予想外さ。だからといって娘の宿を頼るのは違うだろう? しかし周りはそう見ない。調整には随分と苦労したよ」
「なんかすみません」
「いや、私の方こそ頼りない父であることを恥じるばかりだね。まったく、子供っていつの間にか親より大きくなってるんだから参っちゃうね」
軽い嘆くようなことを言っているのに、ショウの表情は嬉しそうだ。その傍ではドレッドも同じように笑っている。
「それで、あの、今日のご用事は?」
「ああ、それなんだけどね。最近のコリンの様子を聞かせてほしくてさ。アル君だと照れてるのか知らないけど、あまりに何も教えてくれないんだよ。しつこく聞いてたら、そんなに気になるなら仲直りしたらいいって言われてさ。できてたら苦労しないよねー」
「一度声をかけてみては?」
「あ、多分普通に無視されると思う。これに関しては家族全員とアル君も共通の見解だからまず間違い無い。ちなみにハルカさんはどう思う?」
「……すみません、無視されると思います」
「うん……」
「だからめんどくせぇって。答えのわかってること聞いて落ち込むなよ」
コリンやアルベルトが一緒にいると親の顔をしているけれど、こうして個人として付き合うと、ただの愉快な二人組である。
歩きながらしばらくコリンの近況を報告していると、あっという間に目的地へ到着してしまった。
ショウが聞き上手なせいで、本当にいつの間にやらという感じだ。
「そういえばどうして今日私がくると知っていたんです?」
「ん? ここのアレジア老に聞いたからだよ。街の動きとかは常に把握するようにしてるからね。何か専用のものを作ってもらったとか? 特級冒険者は専用のドッグタグを持つというからそれかな? それとも宿で揃いの印でも作ったのかい?」
頑固な老爺ことアレジアが仕事内容についてペラペラ話すはずもないから、これは全てショウの推測に過ぎない。
それでもかなり近い部分をびしりと指摘するところに。ハルカはショウの商人らしさを感じた。
「こんなものを作ってもらいました。細工が難しいので、どうしてもアレジアさんにお願いしたく、拠点に来ていただくようお願いしたんです」
ピカピカの名刺を差し出すと、ショウはハンカチを取り出して受け取り、まじまじと装飾を観察した。
「うーん……、これ、いいね」
「はい。本当に出来が良くて……」
「見せてくれてありがとう。私も似たようなものを作って配ろうかな。どんな商いをしているか一目でわかるようになるといい……。流石にここまで豪華にはしないけどね」
真剣な顔でショウが喋り始めたところで、家の中からアレジア老が顔を出す。
「迎えか? 準備ならできてるぞ」
アレジアは大きな道具入れと、重たい金属類の入った木箱を引きずって出てきて、ショウをじろりと睨む。
「なんじゃ、また来たのか」
「あ、今日はハルカさんとお話ししてただけですよー」
「……お知り合いですか?」
「最近毎日きて店に居座る迷惑ものだ。どうやら目的はあんたらしくてな。悪いと思ったがどうやらあんたらの仲間の父親らしいし、邪気がないから、引越しの日を教えてやったんだ。迷惑だったか?」
「いえ、ここまで楽しく話をしてこれました」
「なら良かった。さて、名残惜しくなる前にさっさと行くぞ。おい、ショウさん、この家の管理は任せたからな」
「はーい、お任せくださーい」
ショウは元気に返事をして笑う。
ちゃっかりと妙な契約も交わしていたようだ。
「ええと、それでは」
ハルカは木箱をひょいと持ち上げて障壁の箱の中に積み込むと、アレジア老の工具箱も同じように積み重ねた。
「コリンによろしく……じゃなくて、コリンには私と会ったことは秘密にしておいてもらえるかな?」
去り際にお願いをされてハルカは苦笑する。
「隠し事が得意でないので、バレてしまったらすみません」
「あ、うーん。その時はその時で。それじゃあまたそのうち」
軽い別れを済ませると、ハルカはアレジア老と共に街の拠点へ戻るのであった。





