人間関係は難しい
先々のことを考えると、自前の船を持っていてあちこちと交易できることはメリットが大きい。大人数が生きていくためにはそれなりにお金が必要で、現状の【竜の庭】の収入はハルカたちの仕事に寄りかかりきりだ。
もちろんそれぞれが生活に必要なものを作ったり、労働力を提供しているので、そこに文句があるわけではない。それでも船があればハルカたちがいなくても、恒常的に交易をすることができるようになる。
〈混沌領〉には他にはない植物なども生息しているし、これから加工品を作っていくことだってできる。破壊者たちは外貨がなくとも暮らしていけているから、余剰の生産物などを交易に回せば金を稼ぐことは難しいことではない。
いざという時のためにお金を用意していくのは大事なことである。
みたいな話をコリンから力説されて、ふんふんと頷いているのはハルカである。
お金なんてないよりはある方がいいのは当たり前のことだから、ハルカにも異論はない。大事なのはそれをどう使っていくかだ。
「なんにしてもまずは彼らを国へ帰してあげましょう」
「またそうやってー。向こうから言ってきてくれてるんだから、先の話をしたっていいでしょ? ハルカは優しいけど、それじゃああの人たちの言葉を信用してないってことにもなるんだからね?」
ぶすりと言葉が突き刺さりハルカは言葉に詰まる。
なんとなく頭の隅にその認識はあったが、言葉にされるとうっとなった。
「そうですよね……」
「いや、別に落ち込まなくてもいいけどさ。ハルカって相手に約束させるの苦手だよね。なんで?」
「…………その、考えてはっきりしたのですが、これ多分自分のためです。気をつけます」
いざ向き合ってみると自分のよくない部分が見えてきてしまい、ハルカはがっくりと肩を落とす。
「どういうこと?」
「……例えば約束を受け入れて、それが履行されなかったとき私は少なからずがっかりしてしまいます。私はがっかりしたくないですし、相手にその姿を見せたくもありません。つまりその……コリンの言う通り、お恥ずかしい話で、相手を信じていないってことなんだと思います。そんなつもりはなかったのですが……」
「あー、そういえばハルカって私たちとは比較的気軽に約束するもんねー?」
「もうやめましょうか、この話……。気をつけます……」
肩にぐりぐりと頭を押し付けられながら落ち込むハルカを背に乗せて、ナギはぐんぐんと拠点へ向かって飛んでいく。まだまだ成長期であるナギの飛行速度が、最近ちょっとずつ上がってきていることにはまだ誰も気づいていない。
拠点へ戻り数日後。
〈オランズ〉へ老爺を迎えに行く日がやってきた。
特に街に他の用事もなかったので、朝から一人で出かける準備をしてナギの前まで行くと、ユーリが小さなポシェットを首から下げてハルカのことを待っていた。
「一緒に行く」
街へ行き荷物を障壁の上に乗せ、そのまま移動するという、子供にとっては楽しみがなさそうなお出かけだ。留守番をしていた方が楽しいんじゃないかと思ったハルカだが、自分を見上げるユーリの目を見て言うのをやめた。
親子みたいなものなんだから、何の用事がなくたってついてきたい日もあるのだろうと思ったのだ。理屈ではなく感情の問題だ。
ハルカにしたってユーリが一緒にいたほうが、いつにもまして穏やかな休日が過ごせそうなものである。
「そうですね、行きましょうか」
手を取って一緒にナギの背に乗り、ハルカとユーリは、朝早くからオランズの街へ向かうのだった。ナギが来たことでハルカの到着を知ったコート夫妻に挨拶をしていると大通りから二人連れの男性がやってくる。
見覚えのある二人の片割れが手を上げ「やあ、おはよう」と気さくに挨拶をしてくる。派手ではないが高級そうな衣服を身にまとった比較的小柄な男は、コリンの父親であるショウ=ハン。
そのすぐ後ろに控えているのは、アルベルトをもう少しワイルドにした雰囲気を持つ冒険者、ドレッド=カレッジだ。
「おはようございます。お出かけですか?」
街の拠点は門の近くにでんと構えられているから、わざわざ商会のトップがやってくるのは出かけの用事がある時くらいだろう。しかしそれにしては二人の装いは軽いし、他に護衛がいる様子もない。
「まさか。今日ハルカさんが街に来るって話を小耳にはさんでね。ちょっと話をしようかと。……ああ、コリンはいないだろうと思ってきたんだよ? 多分まだ怒っているだろうからね」
疑問を抱いたことを言葉にする前に答えられてハルカは面食らう。
正直な話ハルカは、ショウやコーディのような人の心を読んでくるタイプの大人が得意でない。嫌いなわけではないのだが、言葉を選んでいても内心を見透かされそうでドキドキしてしまうのだ。
ついでに自分が情けない大人であることを自覚させられて少しだけ落ち込む。
一瞬で人の命を奪うことができるハルカと話すことだって、他の人にしてみれば同じかそれ以上にドキドキすることなのだが、本人にはあまり自覚がない。
「ええと、いえ、まぁ、でも親子ですからね」
「うんうん、いいんだよ、慰めていただかなくても。私もそれなりのことをしたと思っているので」
「アルは普通に俺に会いに来るけどな」
「そうだねー! 私もコリンに会いたいなぁ!」
ショウは急に子供のようになると、振り返ってドレッドの肩をパンチしたが、鼻で笑われただけに終わった。冒険者と一般人では根本的に体の強さが違う。
「ええと、用事があるので歩きながらで良ければ」
「うん、それも知っているかな。歩きながらでも聞いてもらえるなら嬉しいよ。あ、ごめんね、お母さんとのお出かけ邪魔して」
「いいよ」
ユーリに許可をもらったショウは「それじゃ、行こうか」と行き先も告げていないのに、ハルカを先導するように通りを歩き出すのだった。





