ハルカの回りくどい話
岩の陰で休むカーミラとコリン。こっそりカーミラの後ろに隠れていたエニシは日向で座って岩を見上げた。
途中までノクトを追いかけたハルカとユーリが戻ってきて同じく座ると、エニシがおもむろに口を開く。
「……【朧】ではよく聞く話だ。積み重ねたものを力で奪い取り、奪い取ったものもやがて他の誰かに奪われる。人の命が、積み重ねた歴史が、研鑽された技術が、どれほどに失われてきたことだろう。話に聞くだけで悲しくなると言うのに、体験したものの気持ちはいかほどか。まして手を取り合おうと努めていたのならば、その失望はさぞかし大きかったことだろう」
いつもの甘えん坊アイドルモードはどこへやら。
岩を優しく撫でたエニシの目は憂いで満ちていた。
「あれってさ、つまり、当時この辺りを治めてた貴族と、〈オラクル教〉の誰かが結束して、この港を自分たちだけのものにしようとしたってことでしょ?」
ノクトの言葉を正確に読み取ったコリンが、眉間に皺を寄せたまま確認をする。そこにいる全員が難しい顔で黙り込んでいた。
「我が思うに、開拓する前はあまり魅力的な土地じゃなかったのだろうな。だから村を作る許可を出したが、いざ発展してみればもったいなくなった。立ち退きを要求したけど、言うことを聞かないから皆殺しにした。そんなとこであろう」
エニシは見てきたようにことの推移を語る。そしてそれはおそらく間違っていないのだろうと、誰もがわかっていた。
「……なんでそこに〈オラクル教〉が入ってきたのかしら?」
「正義の味方、みたいなのだと思ってた」
カーミラが疑問を呈すると、ユーリもそれに続く。ハルカたちとはトラブルがあるが、広く〈オラクル教〉を見た時、彼らは圧倒的に善寄りの集団だ。
かつてユーリを拾って世話をしていたのだって、他でもない〈オラクル教〉の枢機卿であるコーディである。
純粋な疑問を二つ向けられたハルカは、未だノクトの話に引きずられて落ち込んでいる気持ちを、何とか立て直して苦笑する。
「……もしかすると、加担していた人とその周囲は、何らかの目的があって利益を上げることを重要視していたのかもしれません。その優先度が、ここで亡くなった人たちよりも重いと判断したのかもしれませんね」
「……まるで相手を庇うような言い方だな」
責めるような視線を向けるエニシに、ハルカは首をゆっくりと横に振った。
「そんなつもりはありません。もし私が師匠の立場であれば、きっとひどく〈オラクル教〉とその貴族たちを憎んでいたことでしょうね」
「ではなぜこんな言い方を?」
「……一つの悪事を見ることで、それの所属する全てを悪と見るのは非常に危ないことだと思うからです。エニシさんやコリンには言うまでもないことかもしれませんが、ユーリにはきちんと伝えておかなければなと」
「僕……?」
きょとんとした顔をするユーリ。
学習能力が高く、人の気持ちを汲むこともできる。しかしユーリは前世を生きたにしては、どこか感情表現があまり上手ではなく、淡白な印象を受ける。
ハルカは、ユーリがなんでもわかっていると思い込まないで、気になったことはきちんと言葉にして伝えてあげようと考えていた。
「はい。今回の話を例に挙げると、師匠にとって悪いことをした人物は確かに存在したのでしょう。ではその人物が行ったことを認知していたのはどなたまでなのでしょうか。少なくとも〈オラクル教〉の総意ではないはずです」
「我は〈オラクル教〉のことをよく知らぬが、なぜそう思うのだ?」
エニシがいつもより饒舌に反論をしてくるのは、自分の理想ともぶつかる話をしているからだろう。エニシの口調はやや強いけれど、彼女にも喧嘩をするつもりはない。
ハルカが何を考えて話しているのかを理解しようとしているのだ。
ハルカもまた、それをわかっていてノクトの去っていった空を仰いで答える。
「そうであればきっと今頃、師匠か教会のどちらかはこの世に存在しなかったでしょうから」
「あー、そうかも」
割と説得力のある言葉だったようで、コリンの同意に合わせて、エニシも「なるほど……?」と言って頷いた。
「破壊者の中には人と相容れないものがいる。これが事実であることを私たちは知っています。そして〈オラクル教〉は破壊者の全てが人と相容れないものだと教えています。これが事実と反していることも、私たちは知っています」
「……そっか」
ぽつりとしたユーリのつぶやきは、ハルカが何を話しているのか理解してのことだった。ハルカはユーリに微笑みかけて、一応最後まで話を続ける。
「はい。〈オラクル教〉の中に悪い人がいる、と、〈オラクル教〉だから悪い人たちだ、というのはまるで違う話ですよね、ということを言いたかったんです」
うんうんと頷いているのは、ユーリと同じく疑問を抱いていたはずのカーミラだ。まるで最初からハルカの意を汲んでいたかのごとくの仕草であるが、かわいらしさもあって誰も注意しない。
「……ただ、私がここ数年で学んだことは、冒険者の場合深く相手を知ったり、話し合いができる状態になる前に戦闘になってしまうことが多いということです。できれば穏便に事を進めたいですが、ユーリが傷ついても仕方ありません。いざという時はまず自分の身を第一に行動していいですからね」
「わかった」
いつも人のことばっかり優先しているハルカが言っても説得力はあまりない。しかしハルカの愛情を感じることができたという一点で、ユーリは一切の迷いなく素直に返事をした。
大変よくできた子である。





