いろんな生き方
目を覚ました【通せんぼ】ことベアハルトは、元気にアルベルト達と手合わせをして帰っていった。ちなみにアルベルトとモンタナは勝てなかったので、やはり相当な実力者である。
目的は特級冒険者に勝利することだけらしく、そこに嘘はなかった。本当にただの迷惑な道場破りみたいなものである。
レジーナに伸されたこともまるで気にしておらず、強くなったらまたリベンジしに来るとのことだ。
「いやしかし、ここはいい。強くなる環境が整っている。俺みたいな流離い者じゃ、毎日の手合わせの相手にも困るからな。まったく羨ましい!」
図々しく一緒に食卓を囲んでいるベアハルトは、随分と感情豊かな人物だった。
「突然訪ねて戦いを挑むんじゃ、いつ死んでもおかしくないんじゃない?」
「うむ! いつ死んでもいいと思っている! 強くなるとはそういうことだ」
イーストンの質問にベアハルトは堂々と答える。
鎧を脱げば全身傷だらけで、その通りの生き方をしていることがよくわかった。
「そうまでして強くなってどうするのかしら……?」
「強くなるのに理由がいるか?」
カーミラの純粋な疑問に、純粋な答え。
やはり一級も上位の実力者となってくると、特級の匂いを醸し出してくるものらしい。
「ベアハルトのおっさんはなんで特級になりてぇの?」
「うむ、よくぞ聞いた。なんと特級冒険者になるとだな……」
身を乗り出してニカッと笑うベアハルト。
何かとんでもない話題が出てくるのかと皆が耳を傾けていると、その続きは予想だにしないものだった。
「こちらから出向かなくとも、強者が挑んできてくれるようになる」
「そんだけ?」
「そうだ。強くなりやすくなるだろう」
「まぁ、そりゃそうだけどなぁ」
流石のアルベルトもこいつかなり変な奴だぞという認識を持ったようだ。
「正直、先ほどからここの宿に所属することも考えたのだがな!」
数人が心の中で勘弁してくださいと呟く。
ちょっと毛色が違いすぎる。
「同じ相手とばかり戦っていても仕方ないと思い直した。すまんな」
「いえ、お気遣いなく」
さらっと言葉が出てきたハルカは、内心ほっとした。
ちょっとドキドキする夕食を終えて、翌日の朝、【竜の庭】を騒がすだけ騒がしたベアハルトはあっさりと帰っていった。
本当にただただ迷惑な御仁である。
「……あの調子だと、またそのうち来るのでしょうね」
「その時は居留守使ってもいいかも」
がっしゃんがっしゃんと鎧の音を立てながら去っていくベアハルトをコリンと並んで見送る。彼の中には隠密行動という言葉は存在しなさそうだ。
予定は少しばかり狂ってしまったけれど、今日から数日はまた港建設予定地へ向かって、遺体が流れ着かないかの確認をしに行く。リザードマンたちや竜たちが半魚人たちをいくらか排除したので、前よりはましになっている可能性もあるが果たして、というところだ。
今回の遠出ではいつもハルカとセットで動いているモンタナが、匂いが厳しいからと珍しく離脱。特に何も起こらなそうだという理由でレジーナとアルベルトも離脱してしまった。
お金の匂いをかぎ取っているコリンはやる気。
続いてママと一緒にお出かけしたいユーリもやる気。
ついでにエリとカオルも、現地を見てみたいとのことで同行。
神殿騎士を警戒するため、この間のお出かけで街へ行くのはしばらく禁止されてしまったカーミラも、他に面白いことを見つけるために今回は参加。
船の話ならばとエニシも参加。
すっかり女所帯となってしまった中、最後にのっそりと現れたノクトが「たまには僕も出かけましょうかねぇ」とついてくることになった。拠点で怠惰に過ごしてばかりいるので本当に珍しいことである。
そんなわけでハルカたちは留守番を残して、ナギと共に再び港予定地までやってきたのである。
風に流されて香る潮風には、現段階では腐敗臭は混ざっていない。
この間も夜になるまではそうだったので油断はできないけれど。
とりあえず野営をする場所は、海から少し離れた場所に決めている。
前回も火を起こした場所を確認し、夜を明かすことを見越して、とりあえずそこに薪を集めてしまうことにした。
ここだけぽっかりと広場になっているので、本格的に建物を作るのであれば資材置き場にしてもいい。広場の真ん中には大きな岩があってちょっと邪魔なのだが、人為的に運ばれたもののように見えるから、ハルカはひとまず除けるのは後回しにしていた。
夜になるまでは特にやることもないので、みんなそれぞれ好き勝手な行動をしている。アバデアたちは家の廃材を寄せ集めて何やら小さな船を作ろうと、トンテン音を立てているが、それが却って平和で気持ちが和む。
ハルカはしばらくぼんやりと、この村が使われなくなった理由を考える。
そうして不意に、【独立商業都市国家プレイヌ】が建国された時のごたごたによるものなら、ノクトが何か知っているのではないか、と思いついて顔を上げた。
どうせお昼寝でもしてるだろうと振り返ってみると、そこにノクトの姿はない。
急ぎの用事ではないので探しにはいかないものの、なんとなしに目をさまよわせていると、草むらが揺れてノクトが姿を現した。手に束にした花を持っている姿は、まるでモンタナのようである。
何をするのかと眺めていると、ノクトは大岩の前までやってきて座り込むと、花を供えるようにしてその場に横にした。
大岩を見ているような、遠くを見つめているような目は、いつものノクトと違ってどこか寂しそうに見える。
ハルカはゆっくりと立ち上がって、その背中に声をかけるべく歩み寄った。





