紛らわしい
茜色の空を見上げながらのんびりと風呂に浸かったハルカのもとにやってきたのは、何か大きなものを引きずったレジーナだった。
驚いたことに怪我もしている。
「ウロウロしてたからぶっ飛ばした」
よく見れば引きずっているのはオラクル教の騎士が使っていた鎧と同じものだ。ハルカは表情を曇らせながらも、まずはレジーナの傷を治してから鎧の大男を観察する。
身体中にはいくつものへこみ。
レジーナの金棒を受け止めてへこみ程度で済んでいるのは、この大男が鎧にも魔素を通すことができる、かなりの実力者であることを表している。
ハルカはかがみ込んで、身元の確認のために顔の全てを覆うヘルムを外す。そこに現れたのは、片耳がなく、顔にもたくさんの傷を持った男の顔だった。
大変彫りが深く野生的な顔立ちをしている男は、どうやら意識を飛ばしているだけで生きているようだ。
あれだけ脅しをかけたのにやってきたのだとしたら、いよいよだ。命令であろうと自己判断であろうと、こうなってしまっては黙っているわけにはいかない。
この男に話を聞いたらすぐに街へとって返して、騎士たちの駐屯地に乗り込む必要がある。
ハルカは深いため息をついて、レジーナを見上げる。
「何か言ってました?」
「ハルカを出せ、勝負しろって言ってた。うるせぇから殴ろうとしたら戦闘になった」
「怪我をしていたようですが、強かったですか?」
「あたしの方が強い」
「あ、そうですね、はい」
勝ったのだからそれはそうだ。
しかし一級冒険者クラスの強さであることは間違い無いだろう。とすると神殿騎士の上位の席に座っていそうだ。
そんなことを考えていると、レジーナが再び放り出していた男の足を持って引きずり始めた。
「あいつらにも見せるだろ」
「あ、そうですね」
あいつらというのはアルベルトたちのことだろう。
獲物を見せにくるナギのようだなと、ハルカはその背中を追いかける。面倒ごとになることを確信しての、わずかながらの現実逃避であった。
「まだ何日かしか経ってないのに……」
「どうするですかね」
鎧の男を見たコリンとモンタナは深刻な面持ちで呟く。一方でアルベルトは、状況を理解していないようで首を傾げる。
「こいつが来たことになんか問題あるのか? レジーナがのしたんだから話は終わりだろ」
「いえ、ことはそう単純ではなくてですね……。神殿騎士との関係とかが色々と絡んでくるんですよ」
「は? なんで?」
「なんでって、ちょっかい出さないって約束した側から近付いて、ハルカを出せーって言ってきたんでしょ? 完全に舐められてるじゃん」
アルベルトは腕を組んで難しい顔をしてから「ああ」と納得したように声を上げてから、未だ意識の戻らない鎧の男を指差した。
「こいつ、神殿騎士じゃねーって言ってたじゃんか」
「どういうことです?」
「いや、だから、あのテロドスのおっさんが、前に来た時話してただろ」
間違ってもテロドス本人の前では言ってほしくない呼び方で、アルベルトが説明をはじめるが、ハルカたちには今ひとつピンとこない。
「だから、あー……、何だっけなこいつの名前。ちょっと待ってろよ」
首を傾げるハルカたちを置いて、アルベルトはバタバタと屋敷の奥へ行き、眠たそうなイーストンを連れて戻ってきた。
「こいつ、名前なんだっけ?」
「え? もう神殿騎士と喧嘩したの?」
「いや、だからこいつほら、前見ただろ。テトのとこで!」
「あ」
ハルカが一足先に気づき、すぐにイーストンが後に続く。
「あぁ、一級冒険者の【通せんぼ】だったっけ? テトさんに窓から捨てられた」
思い出してみればその大柄な体つきにも、異様な大剣にも見覚えがある。テト相手だからこそ一蹴されていたが、大剣を軽々と扱う膂力を有し、無駄なく鋭い剣筋をしている実力者である。
レジーナ同様聖人認定されているからこそ、神殿騎士が使う鎧を支給されているようだが、以前テロドスがキッパリと、この人物は教会とは無関係だと言い切っていた。
ハルカたちも世間的には非常に凶暴であるとされている聖女が身内にいるので、この聖人がやってきたからといって、安易にオラクル教を責める気にはならない。
「じゃあなに……? たまたまハルカの所に殴り込みに来ただけってこと?」
「迷惑な人です……」
「まぁ、前に見た時も突然テトさんに勝負を挑んで負けてたからね。そういう人なんだと思うよ」
イーストンは【通せんぼ】に呆れたような視線を向けながら、口元を押さえて小さく欠伸する。
「でもこいつ多分強いんだよな。起きたら俺とも手合わせしてくれねぇかな」
特に気を揉むこともなかったアルベルトは、【通せんぼ】に対して特に思うところはない。むしろ同じ大剣使いとして、いい訓練になるのではないかと楽しみにしているくらいだ。
アルベルトが鎧姿を見ただけでその存在を思い出したのは、なかなかの使い手として、ちゃんと頭の中にインプットされていたおかげである。
こう見えて強そうな相手の体格などはきっちり覚えているアルベルトである。同じく見たことがあるはずなのに、ギリギリまで気づかずにあたふたしていたハルカとは大違いだ。
アルベルトがいなければ、危うく勘違いで神殿騎士たちのもとへ乗り込んで赤っ恥をかくところだった。
ハルカは肩身が狭い思いで、そっとしゃがみ込むと、忘れていたことの謝罪の気持ちも込めて【通せんぼ】に対して治癒魔法を使うのであった。





