日常の延長
楽しい時間はあっという間で、それぞれの話を聞いているうちに夜が更けてきてしまった。ちょっと出かけてくるだけの予定だったことに気づいたのは、ギルドの食堂に空席が目立ち始めた頃である。
「……そろそろ私は帰りますね。また声をかけてください」
「あ、じゃあ私も」
挨拶をいくつか済ませ、合わせて立ち上がったサラと一緒にギルドを後にする。
ハルカは皆に付き合ってそれなりにお酒を飲んだけれど、サラは飲酒を控えてたので、足取りはしっかりしている。
「いつも拠点まで帰っているんですか?」
「最近はできるだけ戻るようにしてます。父も母も、その……帰ると嬉しそうにしてくれるので」
「それは……本当にいいことですね」
〈ヴィスタ〉で暮らしていたころは、すれ違いから家族仲もかなり悪くなっていたけれど、〈オランズ〉に来てからは随分と仲良く暮らしている三人である。
〈ヴィスタ〉は文化的に発展しており、特に気負うことなく郊外に一般人が出て行けるくらいには安全で、非常に良い街である。ただ、生き方によっては必ずしも適した街というわけではない。
たまたまコート親子には、この街の空気があったということなのだろう。
連れてきてしまった責任があるハルカとしては喜ばしいことである。
「最近は……何か変わった夢を見たりしますか?」
「どうでしょう? 個人的な夢ばかりです。私はきっと、これからずっと冒険者として生きていくんだろうなって。時々怖い夢も見ますけど、それを乗り切れるように頑張るのも冒険者だと思いますから」
サラの表情は、もはやハルカの後ろについてくるだけの少女ではなかった。
一人の冒険者として生きていくのだという決意のようなものが表れている。
嬉しい反面、子離れしていく子供を見るような複雑な気持ちも、わずかながらに胸中に湧き上がってくる。
「いいですね。でも、自分では手に負えないかもしれないと思ったら、ちゃんと声をかけてください。私たちは、知らない所でサラに何かある方が心配ですから。頼ることや逃げることは恥ずかしいことではありません」
サラは目を丸くしてハルカを見上げると、照れたように笑ってから俯き小さな声で答える。
「……そうします。ありがとうございます」
「はい、いつでも待ってます」
二人はのんびりと街を歩く。
先ほどの喧騒の中では話し辛かったことを、サラがぽつりぽつりと話してハルカが相槌を打つだけの時間。サラはちょっとしたストレスを吐き出し、ハルカは冒険者になったばかりの頃を思い出して懐かしい気持ちに。
やり取りを繰り返しているうちに、気付けば拠点まで戻ってきており、二人はぬっと首を伸ばしてきたナギに出迎えられた。
「ナギ、ただいま」
地面に顎をつけたナギに駆け寄ったサラは、その大きく硬い頭を撫でまわす。
ナギもサラのことは近所のお姉さんぐらいに思っているので、撫でまわされるのもやぶさかではない。
折角なので反対側にまわってハルカもナギを撫でていると、扉から細く光が漏れてきて、仲間たちが顔を覗かせる。
「……ハルカおそーい」
じっとりとした目のコリンだが、怒っているわけではない。
そんな振りをしているだけだ。
「あ、ちょっとギルドで皆さんとお酒を」
ハルカが事情を説明すれば、すぐにいつもの調子に戻る。
「へー、誰がいたの? トットさんとか?」
「サラの仲間たちとか、トットとよく一緒にいた三人組とかですね。他にも途中から知った顔が次々声をかけてくれまして」
「へぇ。でもそーだよね、最近あっちで食事することもなかったし、たまにはそんな日があってもいいか」
あくびをしながら屋敷の中へ戻っていくコリン。
外で活動する冒険者は日が出ている時間を目一杯移動に使うことが多いから、自然と早寝早起きになりがちだ。
その姿を見るとハルカもなんだか眠たいような気がしてきた。
酒を飲んでもこの世界に来たばかりの頃程の酩酊感はないけれど、今も少しだけ体がぽっとあたたかく、布団に入ってしまえば気持ちよさそうだ。
「今日はもう休みますね」
未だナギと戯れているサラに声をかけて屋敷内へ入り、起きている人たちに挨拶をして自室へ戻る。
体を拭いてベッドに身を沈めると、パッと目を開けた時には、もう鳥の鳴く声が聞こえ始めていた。
用意してもらった朝食を食べ、サラが出かけていくのを見送り、ナギの背に乗って拠点へ帰る。道中は一応〈黄昏の森〉に目を落として、どこかで問題が起こっていないか確認しながらだ。
退屈しのぎの気休めであるが、それが役に立つ日だって、いつか来るかもしれない。
「そういえば、アルビナさん、かなり大人びましたね」
「え、そう? 確かに体は大人っぽくなったかしら?」
ピンときていない様子のエリに、笑いながらハルカは答える。
「いえ、精神的に成長されたのかなと」
「ああ、そうかもね。やっぱり世話しなきゃいけない相手と一緒に過ごすのって大事よね。私たちと組んでた時は、いくら前衛って言っても守るべき存在だったし、自然と皆もそうやって接しちゃってたから」
「相変わらず私は好かれていない気がしますが」
「どうかしら? 別にそんなこともないと思うけど……。あ、でも甘やかさなくていいからね。失礼なことしたんだから、向こうからちゃんと謝らせないと」
「もう気にしていませんけどね」
今思えばあれも、家族のような存在であるヴィーチェやエリがハルカばかり構うことによって発生した嫉妬だったのだろう。
本来十三歳のやることと思えばかわいいものだが、なまじ冒険者としての実力があったから皆も厳しく接さざるを得なかった。自立の早いこの世界だからこそ起こったトラブルである。
いつまでも気にしているのは大人げない。
森を抜けて拠点へ着陸。
畑にはいつもと変わらぬ一日を過ごしているフロスたちの姿が見える。
明日からはもう一度ドワーフたちと港候補を見に行って、できるのなら建設のための準備。四日後にはまた街へ向かい、老爺を拠点に招く必要がある。
とはいえ忙しい日々ではない。
ハルカは晴天を見上げながら、今日はのんびりと露天風呂にでも浸かろうかなと一人思案するのであった。
夕方にはとある来客があるのだが、それもまた、ハルカたちにとっては日常の一部である。





