変わるもの、変わらぬもの
支部長室を出たのは、太陽がだんだんとその色を濃くし始めるような時間だった。
街暮らしの冒険者たちは、暗くなる前に仕事を終えることが多い。
生真面目な冒険者はそのまま依頼の報告を。
気ままな冒険者は安い酒をかっ食らい始めるころである。
なんにしても、ギルドの受付付近はすっかり人で溢れていた。
汗と土の臭い。
依頼達成にはしゃぐ声や、何に腹を立てているのか、言い争う声。それでもギルド内で暴れると受付に注意をされるし、評価を下げられかねないから、殴り合いまでは至らない程度のやり取りだ。
来たばかりの頃ならば、ちょっと怖いと思っていたかもしれない空間も、今のハルカにとっては実家のような安心感である。
これが冒険者ギルドだよなぁと、思いながら受付の横から延びる道で佇んでいると、少しずつギルドの内の空気が変わる。ざわつきが伝播し、喧騒が少しずつ治まっていくのだ。
視線がハルカに集まり始めてようやく、ハルカはその原因が自分であることを悟った。
ハルカは特級冒険者なのだ。一目でわかる特徴も持っている。
そんな街でも特別な存在が、ギルドの端っこで目を細めながらぼんやりと突っ立っているのだから気にならないはずがない。
ある意味憩いの時間である夕暮れを邪魔してしまったなぁと、ハルカは耳につけたカフスを撫でる。ギルドにいる時は大抵仲間と一緒にいたから、一人で注目を浴びているのは変な感じだ。
知っている場所なのに知らない場所に来てしまったようで、気持ちが少し萎んでしまう。
「姐さん、そんなとこでなぁにしてんすか!」
「久しぶりっすね! 暇ならたまには一緒に飲みましょうよ」
センチメンタルな気分に土足で駆け寄ってきたのは、少し土で汚れた格好をしているガラの悪い連中だった。当時とほとんど変わらぬその姿に、ハルカは思わず顔をほころばせた。
「仕事終わりですか?」
「そうなんすよ。やっぱまじめに働いた後の一杯が一番すからねぇ」
平気でハルカに寄ってくるおバカトリオは、すっかり階級でトットに置いていかれた三馬鹿である。相変わらず街での肉体労働を続けているようだけれど、彼らの表情に暗いところはない。
当時はトットに引っ付きまわってもっと悪ぶっていたけれど、今では模範的な街の冒険者となっているようだ。
ハルカも忙しく飛び回っているから、デニス、ドミニク、ローマンの初期チンピラ三人組と話す機会はあまりなくなっていた。
「まじで知り合いだったんだ……。どーせ嘘だと思ってた」
呟くのは三人同様、というかそれよりも派手に土まみれになっている少年である。
キラキラと目を輝かせた上まん丸にしている。
ツンツン頭で出会ったばかりの頃のアルベルトをほうふつとさせる、いかにも新人っぽい見た目だ。
「まぁ、たまには少しくらいお付き合いしましょうか」
「そうこなくちゃ!」
「ささ姐さん、こちらへどうぞ」
案内するのはギルドに併設された安い食堂である。
仕事終わりはここでというのは、当時のハルカたちの当たり前の流れだった。
懐かしいなぁとついていこうとすると「すいません、ごめんなさい!」という声がして、人ごみをかき分けてずぼっと女の子が姿を現す。
「ハルカさん! 今日はお一人なんですね!」
たたらを踏みながら出てきたのは、街で冒険者をしているサラだった。
あとからその仲間たちもついてきて、最後尾にはアルビナもいる。
相変わらずハルカを見ると険しい表情になるのは変わらないが、驚いたことになんと、軽く会釈をしてきた。
合わせてハルカも首をかくんと下げると、それっきりアルビナはそっぽを向く。
年もそろそろ十五か十六になるはずだ。
以前よりもずいぶん手足が長くなり、生意気な少女から気の強そうな美女へと成長していた。
一方であまり年の変わらないサラは相変わらず透き通った雰囲気のある美少女フェイスである。口を閉じて澄ましていれば絵になるけれど、ハルカの前へ来ると振られている尻尾の幻覚が見えるくらいにはわんこ系だ。
「はい。今ちょっと食事に誘われてまして。一緒にいきますか?」
「はい! ……あ、その、今日の報告を済ませてから……」
何も考えずに快諾してから、サラはちらっと振り返って言葉を続ける。
並んでいてはそれなりに時間がかかりそうだけれど、真面目なサラは後回しにはし辛いのだろう。
「あたしがやっとくから、あんたらは行けよ」
「え? いいの? やったー」
ちゃっかりと返事をしたのはサラではなくアーノだった。
イーストンを誘って失敗し、森の小屋に捕まっているところをハルカに助けられたアーノは、今ではアルビナ、サラ、それから一緒に冒険者を始めたテイルと共に、四人組でパーティを組んでいる。
「ハルカさーん! わ、私も、一緒にお食事とか、その……」
「もちろんいいですよ」
「やったっ」
ハルカの近くへ来ると急にもじもじし始めてしまうのもかわいらしいところで、ハルカはやっぱり笑いながらそれを快諾した。小さくガッツポーズするのを見て、隣にいる物静かな少女、テイルも薄っすらとほほ笑む。
むすっとした顔で受付に戻っていくアルビナの背中に、ハルカは念のため声をかける。あまり人間関係が器用なタイプの子には見えない。自分が原因でパーティに不和が生まれては寝覚めが悪い。
それにいくらか大人になったアルビナとは、できることならそろそろちゃんと話して仲直りをしておきたかった。何せ【竜の庭】の大事な新人を見守ってもらっているのだから、そのお礼も言いたい。
「アルビナさん、報告は明日にして一緒にいきませんか」
「はぁ!?」
アルビナが驚いた声にハルカも驚いて固まる。
やっぱり仲直りは難しいのかと考えていると、ハルカに対してとはころっと態度の変わったアーノがアルビナの腕を取った。
「はいはいはーい、ハルカさんが行くって言ってるんだから行くの!」
「なんでだよ、あたしは報告するんだよ」
「まぁ、そう言わずに。一緒に行きましょう、ね?」
さも当たり前かのように、サラが反対側の腕を取れば、テイルは背後にまわってその背中を押した。若いながらも実力者であるアルビナからすれば、こんなもの拘束でも何でもないし、その場にとどまることは簡単なはずなのだが、なされるがままにハルカの横までやってくる。
「ハルカさん、行きましょう」
「あ、はい」
アルビナはハルカと目を合わせようとはしないけれど、抵抗もしていない。
どうなっているんだと思いながらもハルカはそんな彼女へ一言。
「……仲がいいんですね」
「別にそんなことねぇし」
「そうそう、ぶっきらぼうだけどアルビナは私たちのこと大好きだから」
「頼りになるんです」
アーノとサラの絶賛にテイルが頷くと、アルビナの頬が少しばかり紅潮する。
「ああもう、離れろよ! 自分で歩くから!」
「はいはい、そんなこと言って逃げるんじゃないの?」
アーノはアルビナの言葉を信用せずに引っ付いたままギルドの食堂へ向かう。
どうやらエリの作戦が功を奏したようである。流石将来冒険者のための学校を開きたいと言っているだけあるようだ。
同年代とチームを組むことは、アルビナに随分と良い影響を与えたのだろう。
昔ほど無茶をしそうな危険な気配はなくなっていた。
「アルビナさん、いつもうちのサラをありがとうございます」
「うるせぇー……、あんたのためじゃないし」
反論はするがそこにあまり覇気はない。
ハルカがふふっと笑うと、アルビナはバツの悪そうな顔でそれを睨みつけるのであった。





