ラルフと奥様
「ハルカさんについて知っていることを教えろと言われたので答えました。本気で情報収集すればわかる程度のことばかりなので、特に支障はないかと」
「すみません、余計な手間をとらせてしまって」
「いえ。これも仕事の一つですからね」
スワムと入れ違いに入ったからか、見送りに来ていたラルフがまだ受付のあたりでウロウロしているのを捕まえることができた。
というより、あちらからハルカを見つけて声をかけてきた。
「そんなことより何か問題でも起きましたか?」
「一応〈混沌領〉を刺激しないようお願いしていたのですが、私たちの拠点付近まで調査に来てまして。交渉中のすれ違いから、戦闘になりかけました」
「……あちらからですよね? 必要ならばギルド長の方へ連絡して抗議してもらいますが」
きっとそれは手紙で送られて、もしかすると紙飛行機にされることだろう。あまり効果があるとは思えないし、現段階では話はついてスワムの興奮もやや落ち着いてきている。
「いえ、今回はテロドスさんや、デクトさんが気を遣ってくださってましたし、大事にしなくてもいいかなと考えています」
ハルカは控えめに断りを入れるが、顎に手を当てながらしばし考えたラルフはゆっくりと首を横に振った。
「……いえ、一応送っておきましょう。特級冒険者と上位の神殿騎士の衝突なんて、未遂だとしてもあってはいけないことです。判断はギルド長に任せるとしても、報告だけはします」
「そういうことでしたらお任せします」
個人の意見で、しっかりと仕事をしているラルフの邪魔をする気はない。この世界のパワーバランスと冒険者の事情に関しては間違いなくラルフの方が詳しいのだから、任せてしまうのが一番だ。
しかしハルカには先ほどから一つだけ気になることがあった。
「あの、ラルフさんはギルド長に会ったことがありますか?」
「いえ? しかし長年問題なく役割をこなされていると聞いてます。いざ支部長になってみると、これがなかなか大変で、ギルド長ともなると尚更だと思うんですよ。きっと尊敬に値する方なんだろうなと」
「……そうですね?」
真実を知らせるべきか、憧れをそのままにしておいてやるべきか。悩んだ末の曖昧な答えは、ラルフに少しばかりの違和感を覚えさせる程度にとどまったようだった。
おそらく尊敬するべき功績の一部、もとい大半は、テトのものではなく、傍に控えている吸血鬼のお姉さんのものである。
「そういえば、ええと、場所を変えましょうか」
つい話し込んでしまったが、今いる場所は受付横に延びている通路であり、誰でも通ることができる場所だ。
下手すればハルカとラルフの間に発生する会話の半分以上は、外部の人間に聞かれてはまずいものである。
ラルフに言われるがまま支部長室へ移動して続きの話をすることにした。こういう時、ラルフが伴侶と一緒に支部長室で暮らしているおかげで、浮気だとかの心配をされないのは非常に助かるところである。
ハルカは昔頬を張られたことを覚えているので、彼女を見るとちょっとだけ表情が引き攣ってしまうのだが、それもまぁ過ぎた話である。
「港についてはどうでしたか?」
出してもらったお茶で喉を潤してから、まだまだ話さなければいけないことがたくさんあったことをハルカは思い出す。
「ああ、そうでした。港なんですが、立地は悪くないようです。ただ、妙な死体がたくさん流れ着くので、潮の流れを海岸線沿いに遡ってみたんですよ」
遡った先には半魚人が異常発生していたこと。花人やガルーダの話を伝えていく。
常人ならば何度も途中で止めているような話を、ラルフは黙って最後まで聞いた。訳のわからない話にはすっかり慣れていたし、隠し事もなく順を追って全て説明してくれるので、口を挟むより話が早いのだ。
「……〈混沌領〉の支配……、いや、影響力を及ぼす範囲が広がったんですね。それから、ええと港の件はどうなんです?」
「あ、そうでした。もう一度確認して、死体が流れつかないようでしたら、開発してもいいのではないかなという感じです。ただ、どうもあそこには昔人が住んでいたようなんですよね」
「資料にはそのような記録はないので、だとすれば建国前の話になるでしょう。なぜ今放棄されているのかは少し気になりますね」
人が住むのに適しているのならば、今頃商人と冒険者が協力して開発を進めていてもおかしくない。立地条件だって悪くないのに、誰もそれをしなかった理由が、二人にはわからなかった。
「もしかすると王国とも近く、二国間の軋轢になるからかもしれません。独立した当初は今ほど平和ではなかったでしょうし」
ハルカは地図を思い浮かべながら想像を口にする。あの場所ならば潮に乗れば王国の海岸に攻め入るのは簡単だし、逆に攻め込まれやすい土地でもある。
「なるほど、一理あります」
では今作ったとしても火薬庫になりうるのではとラルフは懸念したが、ハルカとエリザヴェータの関係性を考えて口を閉ざした。
他ならばいざ知らず、ハルカが主体となって動いていることならば特に問題ないはずだ。
ハルカは竜たちを〈ノーマーシー〉拠点で往復させる計画や、名刺やスカーフのこともついでに伝えておく。
「ラルフさんにはそのうち私の名刺をお渡します」
「いいんですか?」
「ご迷惑ばかりかけてますし、何も役に立たないかもしれませんが自由に使ってください」
謙遜も謙遜である。
特に戦闘能力が高くないラルフにとっては、お守りとして、切り札として十分すぎる働きをすることだろう。
「ありがとうございます」
「いえ、当然のことなので。あとは、そうですね……、そのうち南方大陸の【ロギュルカニス】にも行かないといけません。急いでやることはないのですが、用事は山積みですね」
他にも色々と行くべき場所があるのだが、どうも現段階では、あまり長いこと〈オランズ〉を離れない方が良さそうだ。
少なくとも長期の留守は、ラクトの代わりに来る人物を確認してからが無難だろう。
「手が必要になったら声をかけてください。できる範囲で協力しますので」
「はい、今後ともどうぞよろしくお願いします」
話はいつも通り平和に終わりを告げる。
一連をラルフの伴侶が見張っているが、これもまた愛の一つの形なので仕方のないことなのであった。
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