納得のさせ方
「ここんとこ面倒ごとが多くて肩が凝った。ま、おおかた片付いたけどな。そっちこそ仲良くもない冒険者たちを他所の街まで送ってやったんだって? 優しいのはいいが、程々にしないと何でもかんでも問題もちこまれちまうぜ?」
「……私たちもいつも街にいるわけじゃありませんから、そうそうお世話ばかりできませんよ」
「そうだろうな、それがいい。何にしても騒動に巻き込んで悪かったな。困ったことがあれば気軽に声かけてくれ」
【悪党の宝】内でのごたごたが片付いたこと。
ついでにハルカたちが庇った冒険者と女誑しについては、知っているがもう手出しする気がないこと。
それから素直な謝罪が今回の話の目的だろう。
ハルカもうっすらと内容を察しながら、別にそちらの事情に気軽に手や口を出したりしませんよということを、遠回しに伝える。
棲み分けをちゃんとするつもりであることを理解したオウティは、表情には出さないがほっとしていた。
今回のように始末しなければいけない相手を、これからも勝手に逃がされたりしてはたまったものではない。とはいえ今回迷惑をかけたのは事実であるし、力関係で言えば特級冒険者がいる【竜の庭】に堂々と文句を言うのは難しい。
基本的には察しの悪いハルカだが、交渉事が増えてきて、少しずつ暴力を手段の一つとして持つ相手の言葉の裏をくみ取るのがうまくなってきた。
人間何歳になっても、必要に駆られれば少しは成長するものである。
「ああ、あと、帰る前にギルドに寄った方がいいぜ」
「それは……、あ、はい、わかりました」
理由を聞こうとしたハルカだったが、オウティはさっと手を上げて裏路地へ消えていく。ハルカがいたという情報があったからこそわざわざ出てきたが、今は【悪党の宝】の内部には、まだまだ面倒ごとが残っているのだ。
何せ街の管理を任せていた幹部が一人、理由なき失踪を遂げているのだから。
あまり他所の事情で時間を使いたくない。
「なんだったのかしら?」
オウティが去ると同時にカーミラがすすすっと近寄ってくる。
オウティは暴力を生業とする者の雰囲気を持っているから、カーミラとしてはあまり得意でない相手なのだ。勝てるかどうかは別として。
「互いに軽い近況報告を」
「ふぅん? 結構仲がいいのね」
「これからも付き合いが長くなりそうな相手ですから」
街で冒険者をしている以上、宿同士の交流は必ず発生する。
有望な新人を迎えたいだとか、警戒すべき外部勢力についてだとか、街の大きな問題ごとに協力してあたるだとか、持ちつ持たれつやっていく必要がある。
本来抜きんでた力がある冒険者がいる場合、その宿が街の一強になったりもするのだが、ハルカたちにはそのつもりがない。そもそも目が外部に向いていることが多いので、街に根ざした普通の宿とは少々趣が異なるのだ。
街の内部でも【悪党の宝】と【金色の翼】という二つの大きな宿がある程度けん制し合っているので、誰かが一方的に権力を握る構造になっていない。
これらの事情から〈オランズ〉は、強力な冒険者を抱えながらも良いバランスを保っており、冒険者にとっては非常に暮らしやすい街となっていた。
しばらく女性たちの買い物に黙って付き合ったハルカは、いつも通り大荷物を障壁の中に重ねて一度拠点に預けてきた。
楽しく買い物をした一行は、そのまま街の拠点でティータイム。
その間にハルカは一人、冒険者ギルドへ向かうことにした。
コリンが一緒に行こうかと言ってきたのを「たまにはゆっくりお話ししていてください」とその場にとどめてのお出かけである。
冒険者ギルドへ到着すると、少し疲れた顔をしたスワムが中から出てくるところであった。一昨日と同じ格好で、靴には泥がついている。
他の騎士たちが駐屯地へ帰っていくのに、一人だけわざわざ冒険者ギルドを訪ねたのだ。何ともパワフルな老人である。
ハルカがいることに気づいたスワムは、杖を持ったままつかつかと歩み寄ってくる。今日は護衛の騎士も連れていないようだ。
「……あんたのことを支部長に聞いてたさね。別にこれ以上何かしようってわけじゃない。ただどうしてもあんたのルーツが知りたくなったのさ。話だけ聞いてると、あまりに理解しがたいからね」
昨日の今日で探りを入れるなど、激怒されてもおかしくないであろう事実だが、スワムにはハルカが怒らないであろう自信があった。
案の定ハルカは、困ったような顔をして問い返してきただけだ。
「何か分かりましたか?」
「記憶喪失で【黄昏の森】にいたとか? もうさっぱりわからんさね。魔法は元から使えたんだって?」
「ええ、まぁ」
「あんた、空を飛ぶんだって?」
「ええ、はい、そうです」
「狼の魔物に噛まれても無傷ってほんとかい?」
「本当ですね」
「なんか魔法を使ったとかなんじゃなくてかい?」
「体が丈夫なようで……、ええと」
ハルカは腰につけてあるナイフを取り出すと、唐突に手のひらにぐっと突き立ててみせる。
急な行動に慌てて身構えたスワム。
悪さをしていないということを示すためにも、護衛を連れていない状況でハルカに近寄ったことを一瞬で後悔した。
しかしすぐに、一連の異常行動を見せられたことで混乱。
油断しきった様子で素直にナイフをしまっているハルカを見て、こりゃあ確かに記憶喪失かもしれないと変な方向で自分を納得させた。
ダークエルフなんて珍しい種族が一人で旅をしてここまで来たとすれば、それなりの人生経験を積んでいるはずだ。あちこちで油断できない人との関係もあったろうし、突然ナイフを抜けば戦闘になりかねないという認識くらい持っていてしかるべきである。
普通の魔法使いであるスワムにとって護衛を連れていない今、近くでナイフを抜かれては命の危機がある。
だというのに当たり前のように世間知らずな行動をとったハルカに、毒気を抜かれてしまった。
「こんな感じでして……」
「あんた……、私が言うのもなんだが、もうちょっと考えて行動した方がいいさね」
「あ、はい、すみません」
子供に言い聞かすようないつもと違う物言いに、ハルカの方も気が抜けて素直に謝罪してしまう。
「……一度ラクトのやつを本国に戻したら、私はまたここに戻ってくることにするよ。一昨日みたいな無茶はしないけど、どうもあんたが何かを隠していると睨んでるさね」
また面倒なことになるのかとハルカは肩を落としかけたが、スワムはさらに続ける。
「……何してくるかわからない特級冒険者なんかとは、私だって本当は戦いたくないさね。妙なことしないどくれよ。私だって平和に暮らす人が傷つかないならそれでいいんだ。あんたもそうであることを切に願っておくさね」
「それは……はい。私もこの街の人が好きですから」
「何も隠し事をしてなけりゃあ、素直に信じてやってもいいんだけどねぇ。まったく、若い奴らの考えることはよくわからないさね」
ぶつぶつと文句を垂れながら、スワムは大通りを北の方へと歩いていった。
なぜか一昨日別れた時よりも少しだけ当たりが柔らかいことを不思議に思いながら、ハルカは冒険者ギルドの扉をくぐるのであった。
いつも本作をご覧いただき、本当にありがとうございます。
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因みにタイトルの五十音順なので『私の心はおじさんである』は、もうかなり下の方にあります\不利/
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