街での用事
ユーリから話を聞いた翌日、ハルカたちは〈オランズ〉へ向かう。
とりあえず拠点に足りなくなったものの買い出しと、竜たちのスカーフの作成依頼。それからハルカ以外のメンバーにも名刺を一枚ずつ作ってもらうことにしたのだ。
本来の目的は名乗る時に配るためだったのだが、仲間の証明として名刺を使うのが適しているんじゃないかという話になって、依頼をすることになったわけである。
デザインは同じく名前だけを変える。
これでハルカも安易に名刺を配ることができなくなったが、それはそれで仕方のないことである。
話し合った結果、クランの仲間には自分のものを。
事情を知っている協力者にはハルカの名刺を渡すということに決まった。例えばラルフやコーディがそれにあたる。
急な大量発注と大量の金貨に、依頼を受けた老爺は咳こんで暫く戻ってこなかったが、ハルカが治癒魔法をかけることによって、元気に依頼を引き受けてくれることになった。
すっかり【竜の庭】のお抱え細工師である。
どうせならば移住をしないかと提案したところ、老爺は店をぐるりと見て、腕を組んだ。
「どうしたもんか。この家にも長く住んでいて愛着があるんだがなぁ……」
「そうですか……」
ハルカが少し肩を落とすと、老爺は渋い顔をして鼻の頭をかいた。
これだけの人物に自分の腕が認められ招待されているのだから悪い気はしない。
だから続けてこう答えた。
「まぁ、そっちにちゃんとした施設を作るのならば考えてやらんでもないが」
「なるほど、分かりました! 必要なものを教えてください。ちゃんと工房を準備……、準備してもいいですよね?」
ハルカは随分とまたお金のかかる話をしていることにハッと気づき、一緒に来ていたコリンにお伺いを立てる。
「え? 全然いいよー?」
けろっと答えるコリンに、そういえば随分とお金がたくさんあることをハルカは思い出した。お城を建てられるくらいの支払いをすると言っていたエリザヴェータは本当にとんでもない額の支払いをすでに終えている。
今更本当に必要な工房の一つや二つ渋るコリンではない。
むしろ、街に居続けることで何者かに利用されたり加害されることの方が心配なので、早めに移住してほしいと考えていた。
「ということですので、よろしくお願いいたします」
「む、うむ、そうか。工房作るのには結構金がかかるぞ……? 材料費も馬鹿にならんし……」
自分で言っておいて、孫のような年齢の冒険者たちのことが少し心配になってきた老爺が渋ると、コリンはぐっとこぶしを握り首を横に振った。
そしてぐっと身を乗り出して、老爺の目を見つめる。
「大丈夫です。おじいさんの技術は私たちにどうしても必要なものなので」
「そ、そうか。ふむ、そうか、わかった。ではそちらで世話になろう。しばらく準備をする期間だけ貰えんか?」
「もちろんです。何日後がいいですか?」
「ふむ、まぁ、そのうち……」
「ちゃんと合わせてきますので。荷物も必要なものは全部運ぶので、重たいものとかは無理して片付けなくていいですしー。三日あれば足りますかー?」
「い、いや、い、五日後でどうだ?」
「はい、じゃあ五日後に必ず!」
老爺は、商売人の血を引くコリンの押しに、やや身を引きつつも移住を了承する。
時間を区切ったのは、のんびり準備するうちに気持ちを変わらせないためだろう。
ハルカには到底できない約束の取り付け方である。
愛想よく「それではまた五日後にきまーす!」と外へ出たコリンは、しばらく歩いて「よし!」とこぶしを握った。
「あの、随分と乗り気でしたね?」
「ん? うん。だってあの人の腕、すごくいいもん。頑固そうな人なのに、ハルカがうまく懐柔してくれてたからいい機会だなって。宿の大事なこと任せるのにさ、街に置いとくのは心配だし」
「まぁ、そうですよね。何かあった時に守れないと後悔しますし」
それだけではなく、不利益をこうむることまで心配をしていたコリンだったが、わざわざそこまでは口にしない。ハルカだってうすうす気づいていても口にしないだけだとわかっているからだ。
「ん、そだねー」
大通りに出ると、シャディヤが目を輝かせながら服を眺めていた。
時折手に取って、すぐ横に待機しているエニシに合わせてはしゃいでみたりと、随分楽しそうだ。
こちらへやってきてから、宿を経営し続けなければというプレッシャーから解放されたおかげか、シャディヤは以前よりも明るくなった。
少し子供っぽくなったともいえるのだが、小麦色の肌で目が大きいシャディヤは、それくらいの方が魅力的だ。
そんな二人組を率いているのはエリで、近くには日傘をさして二人を見守るカーミラと、凛として背筋を伸ばしたカオルも待機している。なんとも華やかな絵面であった。
自然とそこへ合流していくコリンと、二歩分ほど距離を取って人通りを眺めるハルカ。恥ずかしいとかつまらないとかいうわけではないのだが、メンタルが未だおじさんであることを自認しているハルカでは、どうしても女の子たちの楽しそうなお買い物に混ざっていくのは難しい。
男連中と、当然のようにそこに混ざっているレジーナは、今日は訓練に集中したいらしくお買い物にはついてきていない。
さて、まだまだ時間がかかりそうだなと考えていたところ、ふいにハルカの方へまっすぐ歩いてくる人物が目に入った。人混みが割れる先にいたのは、【悪党の宝】のオウティだ。
「よう、良いところで会ったな」
「しばらくぶりですね。お元気そうで何よりです」
オウティはニヤッと笑ってハルカに声をかける。
偶然ではないだろうなと思ったけれど、ハルカは知らぬふりをして軽く頭を下げて挨拶を返した。





