変な魔法
昨晩の雨が嘘のように、空は雲ひとつない晴天である。朝の早いうちにすっかり地面も乾き、青空授業を開催するにはちょうどいい日和だ。
朝のうちにやるべきことを終えたハルカたちは、木陰に集まって小さな先生から魔法の講義を受ける。
身内ばかりでも注目されると緊張するのか、いつもより目が泳いでいたユーリだけれど、ノクトがぷかぷかと浮いて隣まで行くと、覚悟を決めたのかキリッとした顔をした。
変なことを言ってしまわないかという不安による緊張がほぐれたのだろう。ノクトは随分といい先生をしているようだ。
「感情と、魔法の話をします」
ノクトから事前にお題を与えられ、朝から練習してきたフレーズで話は始まった。今では一桁代後半くらいには見えるようになったユーリの言葉は流暢だ。
「まず、魔法の話をする時、ママの魔法については考えないでください。ママのはすごくてよくわからないので、参考にしたらダメだからです」
ノクトに口を酸っぱくして教わった言葉を、ほぼそのまま伝えたところ、すぐに反応が返ってきた。
「だよなぁ」
アルベルトがケラケラと笑うと、他の仲間たちも釣られる。モンタナの頭の上にいたトーチが、ポッと小さな火を吐いた。意外と賢いこの小さな竜は、場の雰囲気に合わせて、それらしい行動をすることがよくあった。
変な顔をしながら聞いているのはハルカだけである。
「ええと、魔法の制御の話をします。魔素を魔法に変換する時、体の中にある魔素の通り道を通って、外に放出されます。頭の中にもそれがあるので、無理にたくさん使うと魔素酔いします」
これは多くの人が知っている話だ。
本にも書いてあるし、魔法使いでない者ですら知識として持っている。
「魔法は普通、必要に応じた威力で、目標を定めて発射します。それを想像しやすくするために、魔法の詠唱があります。でも、怒ったりしていて、魔法の詠唱が雑になっても魔法は出ます。その代わり、魔素酔いはひどくなるし、威力が上がっても目標が定まらないです。使い勝手が悪いんですけど、たまにそれを利用して魔法を使う人もいる……みたいです」
話している言葉が不安になったのか、一瞬ノクトの方を見たユーリ。ノクトが黙って頷くのを確認して、そのまま話を続ける。
「時々、魔法を使いなれた人の感情が昂ると、自分の体の外にある魔素にも影響を与えることがあるみたいです。よくできた杖が体の中にある魔素の通り道と繋がって、その先から魔法を出せるのと同じで、体から魔素の通り道を、その……伸ばせる? みたいな感じです。そういう人は慣れてくると、自分の体から少し離れた場所にも、魔法を出せるようになったりします」
「土掘ったり、すでにある水を動かしたりするのもあるです。あれは高度な技術ってことです?」
「普通の魔法よりはですけど……。あれは、体の一部から送り出した魔素を、土とか水とかがもともと持っている魔素に働きかけて動かしてて……、その、新たに水や石を生み出さなくていいぶん、魔素を使う量自体はあまり変わらないはず……。でも、魔法には得意不得意とかもあって……ええと……」
モンタナの質問に答えようとすると、次々と説明しなければならない要素が出てきてしまったのか、ユーリはしどろもどろになってしまった。
先生らしく丁寧な言葉を話していたのに、それもいつものような口調に戻ってしまっている。
「そういえばハルカっていつも遠くに突然魔法出してるよねー。あれって変なことだったんだ」
モンタナがどうやって話題を戻そうかと考えていると、コリンがさりげなく軌道修正の助け舟を出した。
ユーリは開けていた口を一度閉じて、大きく頷いて話を受け継ぐ。
「うん。だから、ママの周りには魔素の通り道がいっぱい伸びてるんだと思う。空に届くくらいに! ママが怒ったのに影響されて魔素がいっぱい勝手に動き回って、空の上で変なことが起きてたんじゃないかなって……。昨日のはそういうことだと思うんだけど……」
今回のユーリ先生は、ハルカたちに魔法の知識を授けるのと同時に、ユーリが日頃教わっていることをどれだけ理解しているかをノクトに披露する場所でもある。
採点を待つユーリに、ノクトはいつも通りの気の抜ける笑顔で答えた。
「……はい、そういうことですねぇ。ハルカさんの場合、自分から少し離れた場所どころか、好き勝手な場所に魔法を出現させています。ですから魔素の通り道を伸ばすというより、視界に映る全ての場所の魔素を自在に操作しているのではないかと推測しています。無理に普通の魔法使いの常識に当てはめて考えようとすると、よくわからないことになります。最初にユーリが言った通り、魔法のことを考える時は、まずハルカさんの魔法のことは頭の外に置いといてください」
知識を一気に詰め込まれた一行は、首を傾げたり、空を見上げたりしながらそれを飲み込んでいく。
「つまりハルカは特別だから、雨を降らせられるってことでいいか」
難しい話が苦手なアルベルトは、感覚でなんとなく理解して、それから誰もがわかっているようなことを言って立ち上がった。
アルベルトは今聞いたことを人に説明することはできないけれど、本能的に魔法や魔素の動きについては理解できたし、これからの訓練で意識するようになる。
本人にとっては、それだけで今の時間は十分に有意義なものであった。
「よし、ユーリありがとな。めっちゃわかりやすかった」
「……ほんとにわかってんの?」
「なんとなくわかったって。つまりその辺の魔法使いは攻撃する時は本人の近くからだけど、上級者相手する時はどっから来るかわからないから気をつけろってことだろ。視線とか、攻撃されたら嫌な場所とかちゃんと考えて動くようにする」
「おー……、それっぽいこと言ってる」
「それ褒めてるのか? 馬鹿にしてるのか?」
「褒めてる褒めてる」
「ホントかよ」
アルベルトは片方の眉だけをあげて怪訝な表情をしたが、それ以上追及することはやめたようで、その場で伸びをした。
「さて、そうとわかれば訓練するか」
「そですね」
すぐに立ち上がったのはモンタナとレジーナの二人で、三人はすぐに輪から離れていく。
彼らにとって魔法を学ぶというのは、自分が使えるようになるためのものではなく、対魔法使いの動きを、よりリアルに想像して訓練するためのものだ。
アルベルトなんかは特に、ハルカの相手をしているせいで、余計な警戒ばかりをすることも多かった。魔法使いがどれだけのことをできるのか理解したことは良い収穫になるだろう。
「師匠、私の魔法ってそんなに変ですか?」
「はい。原理は一緒なのでしょうけれど、変な所しかないですねぇ。ちゃんと自覚することも大事ですよぉ」
「はい……」
思い出してみれば、ずいぶん昔にも〈ヴィスタ〉の双子に『きもい魔法』と言われたことがあった。
当時はただの罵倒のようにも聞こえていたが、どうやらあれは、どんぴしゃで真実を捉えた言葉であるらしかった。





